「日本のデジタルマーケティング成熟に必要な要素とは、ad:tech NYとTokyoで見えた3年の溝を埋めるための取り組み」2012年11月27日開催 月例セミナーレポート(2) イベント報告
- 掲載日:2012年12月25日(火)
日本のデジタルマーケティング成熟に必要な要素とは、ad:tech NYとTokyoで見えた3年の溝を埋めるための取り組み
国際的カンファレンスのad:techは、最新のデジタルマーケティング市場を知る一大イベントとなっているが、東京とニューヨークの講演内容には違いがあり、日米の取り組みの違いが見えてくるという。2012年のad:tech TokyoおよびNYに参加したパネラーがディスカッションでこれらの違いを明らかにし、今後の課題について話し合われた。
テクノロジーの話が出てこなかったad:tech NY
Web広告研究会の11月月例セミナー第二部は、Web広告研究会代表幹事の本間充をモデレータに、アドビシステムズの井上慎也氏、ヤフーの友澤大輔氏の3名によって、「一番早い ad:tech NY 振り返り~TokyoとNYの違いから今後を読み解く~」と題したパネルディスカッションが行われた。
Web広告研究会
代表幹事
本間 充
アドビ システムズ株式会社
井上 慎也氏
ヤフー株式会社
友澤 大輔氏
ディスカッションでは、まず井上氏が2012年10月30日と31日に開催された「ad:tech Tokyo 2012」の概要について説明。4度目となる東京のad:techは年々規模を拡大し、会場の東京国際フォーラムには累計2万人を超える参加者が訪れた。
「ad:techは、ハウツーやテクノロジー、サービスを宣伝する場所ではなく、デジタルマーケティングについてディスカッションし、考える機会を与える場所となっている」と話す井上氏は、広告主側の来場者が年々増しており、2012年は昨年の2倍となる約2300人の広告主が参加していることを示した。また、2013年6月4日から6日には、福岡国際会議場において、日本で2つ目となる「ad:tech kyushu」の開催が決定している。
続いて、「ad:tech NYとad:tech Tokyoを比較することで、東京がニューヨークに遅れているところや、東京が抜きん出ているところを議論していきたい」と話す本間は、「初日のキーノートが最もメッセージがこめられたトラックだと考えれば、東京とニューヨークの違いが見えてくる」と説明する。
ad:tech Tokyoのキーノートでは、Facebookのマーク・ダーシー氏がソーシャルメディアで成功する6つのポイント「Authentic」「Useful」「Entertaining」「Relevant」「Timely」「Listen」を話し、ad:tech NYではペプシ社CMOのフランク・クーパー氏が、広告にはH-I-T、「Humanity」「Imagination」「Truth」が重要だと語っている。
「クーパー氏のキーノートでは、デジタルの話は特になかった」と話す本間に、友澤氏も「全体を通してad:tech NYはテクノロジーやデジタルのカンファレンスではなく、比較的マーケティング全体の話となっていた」と続ける。また、本間は「クーパー氏は、唯一ソーシャルだけには触れていて、AmplifyよりもListenが重要と話している。顧客が何をしたいのかを聴いたうえでやらないとうまくいかない、という話は、ad:tech Tokyoのダーシー氏に近い意見だ」と話している。
クーパー氏のキーノートでは、ソーシャルを活用したキャンペーンとして、2010年に行った「Pepsi Refresh Project」が紹介されたが、マーケティングとしてはよく考えられたキャンペーンではあるものの、テクノロジーとしては目新しいものではなかったという。また、「Idea creates perceive」「Ceate & Perceive」「Imagination > Knowledge」などのキーワードが使われ、テクノロジーの話は出てこなかったという。
また、「ad:tech NYの2日目のキーノートであるマスターカードのセッションでも、テクノロジーの話はほとんど出なかった」と友澤氏は話し、「非常におもしろいセッションではあったが、“ad:tech”ではなかった」と説明する。マスターカードのキャンペーンとしては、「Mastercard Priceless Cities」キャンペーンで、ニューヨークヤンキースと絡めた事例が紹介されたが、本間は「非常にいい話で、シェアされるようなアイデアとコンテンツが考えられている」と評価する。
これらのad:tech NYの現状を踏まえたうえで、本間は日米のデジタルマーケティング組織の違いを図で示した。
日米のデジタルマーケティング組織の違い
米国では、マーケティング部門から派生する形でデジタルマーケティング部門が生まれてきたが、現在、ペプシやマスターカードにはデジタルマーケティング部門がなく、再びマーケティング部門に統合されているという。一方、日本ではCMOがいない企業が多く、デジタルマーケティングに関しても、Web制作チームやインターネット掌握部門などの“マーケティング”が抜けた“デジタル部門”である場合が多いと本間は指摘する。
また、井上氏は「アドビはマーケティング部門の中にデジタルも統合されていて、マーケティングの中にデジタルという要素が当たり前のように含まれている。日本では、マーケティング部門がデジタルを扱えないので、デジタルができる人が独立して入っていくことが多い」と話す。
テクノロジーよりも組織論やコンテンツが語られる米国
「デジタルマーケティングをマーケティング部門に統合することがよいかどうかはわからない」と前置きする本間は、米国でもデジタルマーケティング部門が残っているロレアルの事例を紹介する。
ロレアルでは、代理店を使わずに4社のベンチャー企業をアサインし、豪華にラッピングされた有料サンプルギフトをターゲットユーザーに贈るようにしているという。具体的には、毎月10ドルで新作コスメのサンプルが郵送されるBirchBoxという会社があるのだが、そこを単体で使うのではなく、20~35歳を対象にしたジョブ検索会社の会員データを郵送先のターゲットに加え、インビテーションカード制作専門の会社とも連携している。また、メインターゲットである若い母親を読者にもつオンラインマガジンをロレアルの担当者が発掘しており、「サービスにパワーのあるバラバラな会社をロレアルが組み立てて、カスタマイズしている」と本間は説明する。
ロレアルのセッションでは、このマーケティングの手法についてさまざまなことが語られたが、最も印象に残ったのは「初めての仕事だからこそ、止めない」ことだという。「チャレンジブルなことに関しては止めずにやって、何が成功して何が失敗したのかを判断する。全体的な成功・失敗というあいまいなものではなく、成功と失敗をきちんと分けている」と話す本間は、ad:tech NYではこのような話が非常に多かったと語る。
それに対して友澤氏は、次のように感想を述べている。
「昨年のサンフランシスコやニューヨークのad:techでは、事例がイノベーションだった。今回のad:tech NYでは、プロセスがイノベーションとなっている。どうやって他社と組むかが、今の米国でのフェイズだと感じる。特に、権限委譲などの組織論となることが多く、プロデューサーが不在なのは日本も米国も同じ。ロレアルはプロデューサーを立ててチャレンジしているというのが非常に印象的だった」(友澤氏)
また本間も、ad:tech NYではチャレンジブルなセッションが多かったが、ad:tech Tokyoでは初日2つ目のユニリーバのバブス・ランガーヤ氏のキーノートがチャレンジブルだったが、全体的にはチャレンジが薄いと感じていると話す。
また、友澤氏は「Search、Social、Displayなどが個別に成長してきた中で、米国はそれらが成長しきって、組織も含めた統合という話になってきているのだと思う。ad:techでありながらtechの話になっていないのは、ソーシャルの出現でテクノロジーが引っ張っていくデジタルマーケティングではなくなり、コンテンツやコンテキストを大事にするという傾向が2011年のad:tech NYのコカ・コーラのセッションから感じている」と話している。これを受けて本間は、「コンテンツのクリエーションに話がシフトしている。その中で良いテクノロジーがあれば、使えばよいという傾向がある」とまとめる。
米国ではアドテクノロジーが成熟し、次のサイクルへ進んでいる
続いて、本間はad:tech NYとad:tech Tokyoのトラックの違いを次の図のように示し、ここからデジタルマーケティングへの取り組みの違いを紐解いていく(グレーになっているのは両者で共通したトラック)。
ad:tech NYとad:tech Tokyoのトラックの違い(グレーは共通のトラック)
上記の図では、同じような用語が使われているトラック(VIDEOとDISPLAY/VIDEOなど)も残っているが、話の内容は大きく異なっており、多くのトラックに違いがある。「ニューヨークでは、DISPLAY、SEARCH、EMAILというネット広告の三種の神器のトラックがあるのに東京にはないことに注目してほしい」と説明する本間は、バナー(ディスプレイ)広告から始まったインターネット広告が、カスタマイズされてメール広告になり、次にSEMへと移り変わってきたと説明する。今の日本はこのサイクルが一巡し、バナー広告でのアドネットワークや第三者配信が注目されているが、米国ではそれを通り越して自動的にチューニングされたメール広告を配信するプログラムドメールになっていると指摘する。
また、米国ではSEMのテキストマイニングやオートビッディングを行うプレイヤーも登場しているといい、日本は半周くらい遅れているというのだ。こうした状況について、友澤氏は次のように話す。
「メールはデジタルで表現できる範囲がテキストから画像や動画に変わってきており、HTMLメールに変わってきている。これによってランディングページをダイレクトにプッシュできるので、結果的にコンバージョンへの導線が短くなる。
バナー広告も同じで、これまでのスタンダードなバナーの小さな枠から表現できる範囲が広くなってきているので、バナーが復権している。SEMもこれまではタイトルとディスクリプションをきちんと考えなければならなかったが、自動的に作ったり、クローニングで手助けしてくれるようになっている。
アドテクノロジーが成熟して1~2周しているのが今の米国の状況で、その善しあしについても議論されており、これらのテクノロジーにベンチャーキャピタルがどんどん投資して、結果的に業界全体に損害が出ているという意見もある」(友澤氏)
テクノロジーの過剰供給や過剰進化で、メディアがなくなりデリバリのみになっていると語られたり、投資に対して価値が見出せないといった意見が出てきたりしているというのだ。
このような状況は日本にも起こりうるのか、という質問に対して友澤氏は、「米国は、メディアやテクノロジーのフラグメンテーションが強く、ベンチャーキャピタルの力が強いというのがあり、投資目的が大きくなっている。日本は、メディアやテクノロジーのフラグメンテーションがそれほど大きくなく、1つの領域の競合が多いわけでもない。意外と健全に進むのではないかと、サプライヤーの人たちと話している」と答える。また、日本はデジタルを声高に言わないと予算が取れないが、米国はマスもデジタルも同じ予算が使われていることが大きな違いの1つだと示された。
ここで本間は、「Web広告研究会のメンバーにとっては、デジタルの予算が取れないということが大きな課題となっているが、解決ためには先ほどの組織構成図にあったような、デジタルマーケティング部門が必要になるのか」という話を投げかると、友澤氏が次のように答える。
「デジタルの予算が広告宣伝費の20%を超えなければ、会社のコミットメントが発生しない。20%を超えるとしっかりとした管理を行う部署が必要となり、会社としてのコミットメントが発生し、チャレンジを行う必要があるという状況に海外はなっている。米国ではテレビが40%弱なのに対し、日本は50%弱という違いがあり、日本はテレビに大きくシフトしている。これらをトータルに見られる人がいないと難しい」(友澤氏)
これを受けて本間と井上氏は、それぞれ次のように話している。
「ad:tech NYではマーケティング全体を包括しているが、まだad:tech Tokyoではデジタルとネットに若干集中しているように感じる。広告宣伝費の20%を超えるようにするためには、本当は他のマスマーケティングと一緒にやっていかなければならないが、ad:tech Tokyoはまだそういった感じにはなっていない気がする」(本間)
「アドビでは予算の70%をトップダウンでデジタルに移行させ、自社のECストアの売上が米国で30%、日本で10%を超えるようになった。こうなると他の部署も注目せざるを得ない。10%がどのようなコミュニケーションでどのように売れたのか、ECストア以外の90%にフィードバックされ、さまざまなことが見えてきた。これによって、他の部署やコミュニケーションを変えなければならないというターニングポイントとなったと思う」(井上氏)
デジタルマーケティングを成熟させるための日本の課題
「米国は新たなデジタル領域に対して、やってみないとわからないという姿勢だが、日本はとりあえずやめておこう」という考えになりがちだと嘆く本間は、これを変えるキッカケはあるのか、ad:tech Tokyoでもっと話ができるようになるのか、と話を向ける。それに対して友澤氏は、成功と失敗それぞれについて分析し、改善を続けていくことが必要だと話す。
「海外は施策に対してゴールやKPIを決め、ゴールしたかどうかを判断してダメな場合は改善を行って2~3周回していく。日本はダメな場合は止めるという方向に向かって1周で終わっている。ad:tech Tokyoもad:tech NYに遜色のないくらい濃いことが議論されているが、まだ1回しかやっていない。2回目、3回目と行うことで、米国とのタイムラグは短くなり、よい形でのマーケティングプランが設計できると思う」(友澤氏)
さらに友澤氏は、しっかりと考えて説明のできるKPIを設定しなければ、デジタルマーケティングは発展していかないことも示した。また井上氏は、デジタルの成果を社内で共有すべきだと指摘する。
「Web担当者は、流行に惑わされてFacebookのアカウントを取ってみたり、おもしろいイベントをやったと自己満足していることが多い。第一部の白井さんのプレゼンは注目すべきで、会社の経営課題やマネジメントについて経営層としっかり話をしている。数字としては少なくても、その課題に対してデジタルでどう改善できるかを示すことが重要。
何が学びで何が失敗かを考え、次の施策とセットにすることで予算を取りやすくなり、他の部署の注目度も上がる。他の部署にインプレッションなどの指標で示すのではなく、テレビCMなどと同じ指標で社内とコミュニケーションする、社内向けのマーケティングをきちんとやっていくことと、繰り返しサイクルをまわしていく必要がある」(井上氏)
また、友澤氏は「ad:tech Tokyoはad:tech NYよりも3年くらい遅れている」と話す。3年前のad:tech NYでは事例が大きく取り上げられ、2012年のad:tech Tokyoと同じような状況であったといい、2つのad:techを比較している。
「2012年のad:tech NYでは、運用者の本音が聞ける濃いセッションが多く、デジタルマーケティングをやっていない人が聞くと意味がわからないものとなっている。日本はまだ来場者がスライドを写真に収めることに一生懸命になっている勉強する段階で、2~3年実践しないと追いつきづらいと思う」(友澤氏)
「2~3年遅れているというのは同感」と話す本間は、「情報量だけなら1年くらいで追いつく」と続ける。
「組織論の問題もあり、米国ではデータを社内で共通語化しようという動きもある。日本の企業がそこまでやろうとすると、マインドセットの変更などが必要となる。外資の場合は、マーケティングの中にデータを分析する人がいたり、データを中心に共通の話をするというカルチャーはあるが、日本ではまだ難しい」(本間)
最後に本間は、今後日本でも個別最適が進み、全体最適が必要となったときにどのような組織体制となるのかが課題になることを示し、第二部を終えた。
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