「デジタル時代のマーケッター育成に必要な環境は? 」2015年3月23日開催 第29回WABフォーラムレポート第三部 イベント報告
- 掲載日:2015年5月12日(火)
WAB宣言「脱媒体別戦略」を受け、WABフォーラム第三部では、「WAB宣言を実現するための人材育成」をテーマに、日本マイクロソフトの伊藤かつら氏、サイバーエージェントの渡邊大介氏、電通レイザーフィッシュの清水誠氏が登壇。事業会社、コンサル会社、外資系企業、新規事業立ち上げなど、さまざまなキャリアを描いてきた3者が、育成論を展開した。
海外勤務における人事の考え方とキャリアの作り方
株式会社電通レイザーフィッシュ
清水 誠氏
国内や外資の大企業、スタートアップなどの幅広い職歴を持ち、日本国内だけでなく米国での勤務経験を持つ清水氏は、人材育成について自身の米国勤務の経験から、「日本で考えていた米国での仕事のスタイルやキャリアの作り方が、実際に行ってみてまったく違っていた」と話し始める。
日本から見ると、米国人はチャレンジ精神豊富でアグレッシブといイメージが強いが、必ずしもそうではなく、安定志向の人もいると清水氏は話す。専門性を活かして安定的に同じ業務を続ける人もいれば、アグレッシブに成長する人もいて、働き方はさまざま。米国企業の組織はピラミッド型構造で、上司に大きな権限があることが多いが、アグレッシブに行動する人は、直属の上司とウマが合わないと、すぐに飛び出すことも多いという。
採用も柔軟に行い、特定分野で専門的な人材が必要になれば、すぐに外から連れてくる。パフォーマンスが出なければすぐにクビにすることもある。清水氏は「日本にいるときには(働く環境として)ドライで厳しいと考えていたが、中途で入る側も求められることがクリアで、評価もされるので、お互いによい仕組みだと感じた」と話す。評価はデータドリブンで客観的に行われ、人事に限らず意思決定の根拠として広くデータが使われているという。
サイバーエージェントでのキャリアの積み方
株式会社サイバーエージェント
渡邊 大介氏
サイバーエージェント入社3年目に、ソーシャルメディアマーケティングの新規部署を立ち上げ、6年目に新規事業開発室で複数の新規事業立ち上げに参画、9年目の2014年からは人事採用責任者となった渡邊氏は、「入社3年目で何かを立ち上げなければならないという雰囲気やカルチャーがあった」と話し、評価をされ始めたタイミングで藤田社長に直接相談して、新規部署を立ち上げたと説明する。
当時のサイバーエージェントには約1000人ほどの社員がいたという。そのなかで入社3年目の社員が社長に直接相談できるというのも驚きだが、同社では社長や役員と社員の距離感が非常に近く、現在でも日常的に社長とLINEやFacebookでやり取りしているのだという。新事業や企画についての話もソーシャル上で行われることが多く、手をあげる文化を促進しているのが会社の特徴だ。
また、サイバーエージェントが成長して事業が変革していくにつれ、職種構成も大幅に変わった。渡邊氏が入社した2006年当時は、90%が営業職だったが、現在は50%がエンジニアで、アウトソースしていたAmeba事業を内製化するようになってからは、エンジニアの採用に注力するようになってきたという。これに対して伊藤氏は、手をあげる文化とエンジニアの拡充という一見方向性の違う二つの柱が新規事業を作りやすい環境を構築しているのではないかと評す。
失敗キャリアもポジティブに評価、次のチャレンジを促す仕組み
さらに、新卒採用を中心に行っていることもサイバーエージェントの特徴だ。前述の米国企業のように専門性のある人だけを中途で採用してもカルチャーにマッチすることが難しいと渡邊氏は話す。
新卒の生え抜きが多いなか、新規事業を立ち上げて子会社の社長や役員となっている人は60人を超え、たとえば新世代トークアプリを運用する「755」を入社2年目の社員に任せているように、若手に権限委譲してチャンスを与えている。新規の領域に関しては、キャリアを積んで守るべきものが生まれている人よりは、積極的にリスクテイクできる若い新卒に任せる方針だという。
失敗キャリアもポジティブに捉えられ、失敗しても確実に次のチャンスが巡ってくるようなポジションが与えられ、チャレンジ精神のある人を積極的に登用している。
「失敗を前提にしているわけではないが、新規事業というものは基本的には失敗するもので、10回やって1回ヒットするかどうか。失敗すると考えていなければチャレンジが歩留まってしまうため、何が当たるかがわからない世の中で数多く当てて勝率を上げるためには、このような文化を作ることが重要なのだと思う」(渡邊氏)
この他にも特徴的な取り組みとして、渡邊氏は事業プランのコンテストから始まった社内公募制度「ジギョつく」について話し、1回の募集で数百の案が集まることを明かす。しかし、募集期間に合わせてプランを出す社員が増えてきてしまったため、現在ではメールを作って事業プランを思いついたら投稿できるようにしているという。1回の投稿で採用に至るケースは少ないが、10回、20回と手を挙げてくる人はそれだけ本気度があり、もう一息といった事業プランでもやらせてみようと判断することもあるという。
役員は経営を学ぶためのステップ
また、サイバーエージェントは「CA8」と名付けて役員を8人に限定し、2年に1回は確実に2名を入れ替えるようにしている。役員がキャリアのゴールではなく、役員をキャリアとして経営経験者の層を厚くすることが狙いだ。入社5~6年目の新卒社員が役員に選ばれることもある。
組織の透明性や横串の施策としては、「あした会議」という社内制度があると渡邊氏は話を続ける。あした会議は半年に1回開催され、役員のCA8がそれぞれ現在活躍している社員5人を選んで召集できるもので、社員40人と役員8人で2泊3日の合宿を行い、経営課題や取り組むべきマーケットチャンスなどの提案と採点を行うという。この会議で重要な意思決定が決められ、社内の中心となる約50人のキーマンが一同に集まって話し合うため、新規事業や人事などに関してもスムーズに進められると渡邊氏は説明する。
また、半年に一度のこの会議の後、組織やビジネスが大きく変わるため、サイロ化や孤立していく暇がないことも説明している。
自分が育つ意思を持てる環境に行くことが重要
日本マイクロソフト株式会社
伊藤 かつら氏
伊藤氏は、アドビ システムズに勤めていた時代に、第二部で登壇した井上氏を採用してデジタルマーケティングの責任者とした経緯がある。当時は、今後デジタルマーケティングの専門家が間違いなく必要とされるなか、インハウスで育てる手間も能力もない状況で、同じIT業界でデジタルマーケティングの専門家を探したが、見つからなかったと説明する。そこで考え方を変え、ITよりもデータ量を扱っている経験が深いB2C企業から人材を求めて井上氏と出会い、当時の課題を解決するために何をしたらよいか、お互いに切磋琢磨していった経験を伊藤氏は話した。
「育成というと、企業が仕組みを作って懸命に人を育てていかなければいけないというイメージがあるがそうではないのではないか」と話す伊藤氏は、自分が育つ意思があるかどうかが重要で、育つ意思を持てるような環境や、サイバーエージェントのように手をあげられる環境が必要だと説明する。
キャリアは旅のようなもので、自分で楽しい旅を演出しながらハッピーキャリアを作っていくなかで会社との関係性が生まれる。会社組織としても、キャリアは社員が自ら作らなければならないという姿勢をもつことが育成のなかで非常に重要だと伊藤氏は説く。社員やリーダーの自立への意識改革も重要だが、同時に部長クラスが部下に対して会社と自分とのあり方をオープンに話すことができて、スキル育成やキャリアディスカッションできることが必要なのだという。
伊藤氏が示したハッピーキャリアへの道
常に成長し続けるという考えを持つ
20代では懸命に働くことで好きなことや、やりたいことが見つかり、30代は自分の好きなことや得意なことの経験を積み、40代で拡がると説明する伊藤氏は、スタンフォード大学のキャロル・ドウェック博士の「成長する考え方と成長しない考え方」について触れ、「現在の日本のサラリーマンは会社への依存度が高く、長期間成長しない考え方のまま生活していくリスクがあり、成長する考え方ができるような環境に自分を持って行く必要がある」と説明する。また、常に同じスピードで成長することはないが、5年に一度くらい、自分自身のキャリアステージを確認するとよいとも、伊藤氏は述べる。
講演最後のテーマとして、伊藤氏は成長のアドバイスを清水氏と渡邊氏に求めた。
清水氏は、子育てが勉強になったと話す。現在14歳の子供を実験的にデジタルに育てており、幼稚園の頃からネットとPCを無制限に使わせると、年中頃にはネットゲームにはまり、チャットコミュニケーションのために高速タッチタイプを行うようになったという。小学生ではマインクラフトにはまり、Wikiの更新やPCで情報分類を行うようにもなっていたという。中学生になるとJavaを1年でマスターし、現在はScalaやセキュリティに興味を持ち、セキュリティの世界大会にも出場しているという。
「子供は親の押し付けではなく、自分の好きなものを見つけるとどんどん進んでいく。子供は生まれたときはものすごい可能性を持っていて、だれでも最初はすごかったということを実感できる。あきらめさせずに少し背中を押してあげるということは育成にも通じることだと思う」(伊藤氏)
渡邊氏は、以前のサイバーエージェントは営業会社の色合いが強かったが、技術に投資することで複数のメディアを立ち上げられる会社となり、運営するほとんどのメディアやサービスはインハウスで行う会社にまで成長したと話す。
また、成長には物理的な環境の影響もあると渡邊氏は続ける。Ameba事業を内製化し始めたときには、同じ組織内に営業とエンジニアがいてはマーケットを驚かすような革新的なサービスは出てこないと、営業とエンジニアの勤務するビルを別々にしたというのだ。
「アナログな文系脳とデジタルな理系脳は相容れないところがあり、エンジニアの血を入れていくためには、劇薬的な組織体制を取り入れる必要があったのだと思う。たとえば、英語がたくさん話される場所にいれば英語が喋れるようになってくるのと同じように、エンジニアの言葉がたくさん交わされているところにいれば、エンジニアのレベルも上がる。物理的にそのような環境を作って、ある程度出来上がってから組織と融合させるのは、複数の分野にまたがったスキルセットを作るのにも有効な手立てだと思う」(渡邊氏)
最後に伊藤氏は、人材育成には経営層のコミットメントも重要になると、次のように話す。
「人材育成はトップのコミットが必要で、経営的戦略的投資をしなければならない。また、育てるだけでなく、育つ人材という考え方が重要で、人材の流動性を意図的に作っていくことが必要。これからのデジタルマーケティングではこの領域の優れた技術者が欠かせない。一方、日本では専門職である技術者に対する待遇が低い傾向がある。技術者は技術者としてのキャリアをさまざまな場所で経験でき、成長の機会があり、それにみあった待遇をえられるようにする必要があると思う。また、マーケティング全体という観点では、自社のマーケティングで何が足りず、そのためにどのような人材が必要なのかを理解してグローバルレベルの組織を作っていくリーダーシップも必要で、技術、広告、宣伝、マーケティングがわかる人が求められている」
2015年3月23日第29回WABフォーラムレポート第二部
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