「キリン・アドビ・ヤフーが取り組むデジタルマーケの組織改革、脱媒体別戦略の課題はサイロ化にあり」2015年3月23日開催 第29回WABフォーラムレポート第二部 イベント報告
- 掲載日:2015年5月12日(火)
メディアや組織の垣根を越えた「脱媒体別戦略」、この2015年のWeb広告研究会宣言を推進するために、企業・組織の体制はどうあるべきか。WABフォーラム講演の第二部では、ヤフーの友澤大輔氏がモデレーターとなり、キリンの上代 晃久氏とアドビ システムズの井上 慎也氏がパネリストとなって、「脱媒体別戦略を実現する組織論」について議論した。
組織改革を進めてきた3者が講演
「脱媒体戦略を実現していくには、役割をミックスしながら組織展開しなくてはならない。これは広告主にも広告会社にもいえること。今回は、“組織の立ち上げ”と“組織をどうやって定着させるか”という2つのフェーズで話を進めていきたい。今日、話をする3社は組織ができている状況にあると思うので、どうやって作ってきたのか、どうやって伸ばしていくのかを話したい」(友澤氏)
「脱媒体別戦略」を実現するための組織はどうあるべきか。第二部では、まず組織改革の中心にいるパネリストがどのような立場で、何に取り組んでいるのかが紹介された。
ヤフー株式会社 マーケティング&コミュニケーション本部 本部長 友澤 大輔氏 |
キリン株式会社 CSV本部 デジタルマーケティング室 デジタルマーケティング担当 主査 上代 晃久氏 |
アドビ システムズ株式会社 ブランド&デジタル マーケティング ストラテジスト 井上 慎也氏 |
ヤフーでは、この4月から各事業部に分かれていたマーケティング組織をCOO直轄で統括。マーケティング&コミュニケーション本部の本部長として、友澤氏はリーダーシップをとる立場にある。
前職は日本マイクロソフトでマーケティングを担当していたという上代氏は、昨年9月にキリンに入社。デジタルマーケティング室(4月からデジタルマーケティング部)において、組織改革を進めながら事業会社やブランドを支援している。
アドビの井上氏は、クリエイティブ事業部を中心としたデジタルマーケティングの促進を行うほか、コーポレートのブランドを管理。これまでにもP&G、製薬会社のイーライリリーでデジタルマーケティングを推進し、アドビでも組織改革に勤めている。
ディスカッションでは、まず組織のフレームワークについて、井上氏が話した。
「デジタルマーケティングは大きく変化しており、単にオンラインというチャネルを活用するというだけでなく、マーケティング戦略全体にデータなど、デジタルをどのように使い、個客とどのように向き合っていくことができるかが重要となってきている」(井上氏)
ところが、2014年の「アドビ アジアパシフィック デジタルマーケティング活用調査」では、意識、活用状況、組織体制、スキルのすべてにおいて日本はアジアパシフィック全体を下回っている。10段階評価で意識は高いが、活用状況は特に日本が低く、その原因は組織体制やスキルがともなっていないためだと井上氏は分析する。
日本はアジアパシフィックにおいて、デジタルマーケティングの活用状況が低い
「Adobe APAC Digital Marketing Performance Dashboard 2014」
デジタルマーケティングを浸透させるための組織と人
デジタルマーケティングを浸透させるためには、戦略と組織、リーダーシップが必要不可欠だと話す井上は、アドビでは「Leadership」「Strategy」「People」「Process」「Product」をバランス良く備えたL3PSの組織作りを重視していることを明かす。その上で、組織の形式と変革を次の図のように示した。
組織の形式と変革4つのパターン
新しいことに取り組むためには、促進するための組織や人が必要となる。これらの形式は、どれが正解ということではない。たとえば、ある小売業では調整者組織型で、各事業部のビジネスプロセスの最適化支援を編成部が横串で行い、各事業の執行役員が事業を推進するようになっている。
その他、あるサービス業は促進者組織で機能会社を設立し、各事業会社と連携するようにしている。
ある金融業は、機能型組織で営業企画本部にネットビジネスの推進部を作ることで顧客の機会拡大や新規開拓を進めている。このように、業態や目的によってさまざまな組織の形があると井上氏は説明する。
また井上氏は、データ活用を推進するための組織横断の専門集団「CoE(Center of Excellence)」が重要であると続ける。組織横断的な活動によって事業部をうまくまとめることで、属人化や社内情報の統制不足といった組織の課題をクリアしやすくなるためだ。実際、アドビでもCoEが中央集中型で組織を運営し、ある程度軌道に乗ってから各事業部に担当者を置く分散型へと移行している。さらに現在は、ハイブリッド型へと移行し、専門的な知識を持つCoEがまとめ、実際の運用は各事業部の担当が行っているという。
アドビは分散型の組織からハイブリッド型の組織へ
前述の説明を受け、改革以前の組織はどのようなものだったかと友澤氏がたずねる。
アドビは現在、マトリクス型組織だが、以前は各事業部や製品ごとに分散されていた。データドリブンでデジタルを活用したいとなったときから、横串で事業横断できる組織の形を意識し、CoEという考え方を始め、データを活用して組織としての知識を高めるようにしたという。
キリンは促進者組織だが、以前はWebやソーシャルは広報、メールはお客様相談室というように完全な分散型だったいう。各事業会社をまとめる促進者として、CSV(社会との共有価値)本部のデジタルマーケティング室を立ち上げたが、まだまだ課題は多く、これからまとめていかなければならないことを上代氏は明かした。キリンでは常務がCMOを兼任しており、トップダウンでデジタル活用の促進が進められているという。
アウトソースとインハウスの使い分け
自社だけでビジネスのすべてが完結することはなく、「パートナーと連携しながら組織を作っていくことが理想的な姿だと思う」と話す友澤氏は、何をインハウスでやるか、何をアウトソースするかがポイントになるのではないかと、人材育成や外部の人材活用も含めて、事例はあるかと投げかける。
井上氏は、海外では「コア」と「ノンコア」という考え方が大きく、オペレーションや社内の知識が必要ない部分は、ノンコアとしてアウトソースしてパートナーと組み、事業戦略やブランドメッセージの方向性といったコアの部分は本社側に機能を置くと話す。ディレクションは内部、オペレーションはパートナーに支援してもらうのが基本的な考え方としてある一方で、最近はPDCAを迅速に回すことを重視し、一部のSEM運用やクリエイティブテストなども内部でやるように変化しているという。
上代氏は、しっかりとアウトソースできるだけのスキルや言語感が全メンバーにあるわけではなく、今年はその平均値を上げていくことが課題だと説明する。基本的に運用業務はアウトソースし、戦略や企画は内部で行うという方針であり、運用と新しいチャレンジを切り分けていくことが重要だと話す。
また、マスとデジタルではアウトソースの方向性が違うということも強調する。現在、マスなどはすべて外部にまかせているが、テレビとデジタルは別々ではなく一緒に見ていくことが重要で、そのためにデジタルを活用したコミュニケーションの専門部隊としてデジタルマーケティング室が存在している。今後は、そうした考えに基づく事例を積み上げていくことが重要となってくるが、そのためには、キリンビール、キリンビバレッジ、メルシャンといった事業会社の担当者との密な連携が不可欠だ。今後は、「デジタルについて各担当者がデジタルマーケティング部で学び、事業会社に帰っていくといったサイクルを作っていきたい」と上代氏は話す。
サイロ化されている組織をどのように解決するか
「キリンはブランドや宣伝と協力関係をもちながら促進型の組織として、アドビはグローバルカンパニーなので、責任を分担させたマトリックス型の組織で進めている。今後こうした組織を定着させるには、サイロ化の解決が大きなテーマになるが、現状どのような状況にあるのか」(友澤氏)
組織を定着させるには、WAB宣言にもあったように会社組織のサイロ化が大きな課題なる。この問題について上代氏は、昨年10月にマーケティング室へ参画した当時は、大きな課題があったと話す。
「昨年の入社時にデジタルマーケティング室はあったものの機能しておらず、5年後のライフスタイルから描いたデジタルマーケティングの今の姿が作れていない、デジタルマーケティング全体をわかっている人がいない、戦略が浸透していない、わかりやすく丁寧にデジタルを説明できる人がいないため事業会社に信頼されていないとう状況だった」(上代氏)
こうしたなか、上代氏は新たに各事業会社のWeb、メール、ソーシャル、広告クリエイティブを横串で見るように動いていく。まず、デジタルマーケティング室で何がやりたいかを説明し、組織と人の課題、およびその課題の解決方法について、デジタルマーケティング室のメンバーに説明していったという。
「デジタルマーケティング室の仕事がキリンにとって価値あるものになる。価値があるということは、思い込みではなく、貢献・評価されている自負と実績が推薦されているということなどを説明した」という上代氏は、テクノロジーがわかっていないデジタルマーケッターが多いため、エキスパートとしてテクノロジーがわかるデジタルマーケッターの育成に注力していると説明する。
それに対して友澤氏は、日本の大企業であるキリンのなかで、中途で入ってきた上代氏が改革を進めるのは大変ではないのかと質問する。
上代氏は、上長である室長の信頼とデジタルマーケティングに対する理解があり、上代氏の説明を机に貼ってくれたりするのでやりやすいと話し、事業会社に対しては、「マスorデジタル」で敵対するものではなく、「マス×デジタル」であることを説明して理解を得ているという。
組織改革に必要なリーダーシップと権限
米国でもサイロ化は課題となっていると話す井上氏は、ツールやデータを活用してサイロ化しないようにしていると述べ、いったん横断的にサイロを潰しても、別のところでサイロ化されてしまったりすることもあると説明する。日本国内では、マーケティング組織だけが動くのではなく、サポート部門やIT部門、事業部門をまたいだチームでデータの活用に取り組むことが会社のカルチャーとしてできてきていると井上氏は話す。
また、豪州の大手銀行Wells Fargoの事例を示し、データドリブンの企業となるため、CMOではなく、CDO(Chief Data Officer)を任命して組織改革を行っていることを説明。さらに、ラスベガスのホテルであるMGM Resorts Internationalでは、顧客の体験を最適化する責任者としてChief Experience Officerを任命したという。
続けて「日本も米国も分散型と中央集権型を行ったり来たりしながら、組織のサイロ化だけでなく、人の心のサイロ化をなくそうとしている。デジタルに特化してもサイロ化を生むし、ジョブローテーションで回しても専門性がつかないと思うが、海外ではどうなのか」と聞く友澤氏に対して井上氏は、次のように答えている。
「さまざまな会社があると思うが、デジタルなどの新しい試みではガバナンスなどが最初は必要で、担当者や事業部の人がマスだけ知っていてデジタルがわからないような場合は、新しい試みを促進する中央集権的な組織作りが必要。最終的にその役割はそれぞれの事業部に分散させなければならないため、最低限のことを行うCoEを数人残して、基本的には事業部で回していく体制にしている。予算や決定権をどのように与えるかということも課題になっていて、会社としてどこに重きを置くかによって正解は異なる」(井上氏)
また上代氏は、「事業会社と一緒にやろうということにはなっているが、役割分担を明確にしてほしいと言われている」と明かす。ただし、役割分担を明確にすると、ブランドサイトはマーケティング部が行い、デジタルはキャンペーンしかやらないというサイロ化につながってしまうので、これをどう解決するかが目下の課題だという。
講演の最後には、4月からCOO直轄のマーケティング組織として生まれ変わるヤフーでどのような取り組みがされているのか、組織論のまとめと合わせて友澤氏は次のように話した。
「デジタルをデジタルのなかで語るより、会社全体でどのようにミックスさせていくかのバランスを考えた組織体制を作る必要があり、バランスのよい組織でデータを活用することで、これまでデジタルがわからない人にも理解してもらえるようになる。ヤフーでは現在、人、物、金の責任もすべてマーケティング&コミュニケーション本部にあり、集客責任もあって、ダメな場合は補填しなければならない。これくらい徹底的にやらないと理解は得られないが、どこかでまた、分散させて各事業部に戻すという作業が必要になると思っている」(友澤氏)
2015年3月23日第29回WABフォーラムレポート第三部
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