『予算はかけない、同じことはやらない。赤字ローカル線「いすみ鉄道」をよみがえらせた企画』2015年4月10日開催 第8回東北セミナー 第1部 イベント報告
- 掲載日:2015年5月25日(月)
大手鉄道会社と正面から競うのではなく、ローカル線ならではの特色を活かしてユニークな施策を打ち出す千葉県のいすみ鉄道。今では、テレビや雑誌でも頻繁に扱われているが、赤字ローカル線をよみがえらせた企画はどうやって生まれてきたのか。Web広告研究会の第8回東北セミボラでは、いすみ鉄道 社長の鳥塚氏が「ローカル線視点での地域活性化策」と題した講演で実践してきた数々のアイデアを明かした。
お金を使わずに今までとは違う方法で勝負する
いすみ鉄道株式会社
代表取締役社長
鳥塚 亮氏
旧国鉄の木原線を引き継いだいすみ鉄道は、千葉県の外房海岸を走るJR外房線の大原駅から内陸部に入る26.8kmのローカル線だ。旧国鉄から引き継いだ第三セクター(民間と国・自治体の共同事業)のローカル線が運営を続けるには、人口が10万人はいないと経営が成り立たないが、いすみ鉄道の沿線住民は3万人以下であり、「鉄道に乗って目的地に行くという、本来の役目で存在し続けるにはベースがない地域」だと鳥塚氏は話す。
疲弊していたのは鉄道だけではない。いすみ鉄道本社がある大多喜町の人口は、10年で半分の9,000人まで減っている。地域も疲弊しているなか、ローカル線を捨てる前にまだやれることがあると考えた鳥塚氏は、羽田空港からアクアラインや圏央道(首都圏中央連絡自動車道)を利用して、いすみ鉄道が走る千葉県大多喜町まで約50分でアクセスできることに着目。まだローカル線としてやれることはあると、6年前に公募社長として就任している。
「ローカル線はブームとなっており、都会の人が憧れて乗りに来る」と話を続ける鳥塚氏は、田舎に憧れてローカル線に乗りに来る都会の人と、ローカル線なんかいらないと考える地方の人とのギャップを少しでも埋めることで、ローカル線だけでなく地域も立ち直ることができると考えた。
そのために鳥塚氏が考えたのが、いすみ鉄道を乗ること自体が目的となる「観光鉄道」にすることだ。しかし、蒸気機関車や展望列車などを導入するには数億円のコストがかかり、観光客が集まる土日以外の平日は車庫で眠らせることになるため、赤字のローカル線が導入するのは現実的ではない。
「今の日本はお金があって勝負するなら、必ず大きな会社が勝つシステムになっており、田舎がお金を集めて勝負しても東京には勝てない。明日をも知れぬローカル線が、お金をかけて勝負することがすでに負け。それなら、“お金をかけなければ十分勝負できる”と6年前に考えた。また、赤字ローカル線の廃止と地元住民の反対というローカル線問題は、数十年さまざまな施策を行っても解決してないのだから、これまでの考え方の延長線上に未来はないと考え、“今までのやり方はやらない”のが私の方針」(鳥塚氏)
予算をかけて東京と同じ土俵で勝負をしてもローカル線には勝ち目がない。そこで鳥塚氏は発想を転換し、「お金をかけない」「今までと同じやり方はやらない」という2つの方針を立てたのだ。
狙ったのは今までにない“かわいい電車”
そうして鳥塚氏が打った施策が「ムーミン列車」だ。ムーミン列車といっても、従来の車体にシールを貼っただけのものだが、テレビや雑誌からローカル線特集の取材が入り、低コストでアピールすることに成功している。さらに、当時あった7車両に別々のキャラクターのヘッドマークを付けることで、「今日はどの電車が来るのか」と、地元の人たちにも親しみを持ってもらえるようにしたほか、各列車にキャラクターのスタンプを置いてスタンプラリーを行うことで、観光客が何度も足を運んでくれるように工夫している。
「今までのスタンプラリーは駅に置かれていますが、列車に乗らずにスタンプだけ押して帰ってしまうので列車の中に置いた。駅には2個だけスタンプを置いて、コンプリートしたくなったら列車にも乗ってもらえる。しかもディーゼルカーのいすみ鉄道では、給油や整備のために1日にすべての列車が走っていないため、1回ではコンプリートできない」(鳥塚氏)
従来の車体にシールを貼って作られた「ムーミン列車」
ムーミン列車を企画し、ローカル線に女性客を呼び込んだのも鳥塚氏が最初に立てた方針に合致するものだ。従来、ローカル線は男性のファンが多かったが、今までと違うことを行うという考え方で、女性を呼び込むために“かわいい電車”にすることで、鉄道女子を増やす結果となったという。
観光客が来ることによって、地元の人も喜び、今では地元応援団がボランティアで駅を案内したり、お茶をサービスしたりするようになっている。また、「地元の人にいすみ鉄道を残してよかったと言ってもらうことが私の仕事」だと鳥塚氏は話し、有名人が取材で訪れたときには、必ず地元の人と写真を撮ってもらえるようにお願いしているという。
地元に住む応援団と協力して地域を活性化
ファンを大事にしてSNSで広がる昭和の風景
ムーミン列車の成功でいすみ鉄道を存続へとつなげた鳥塚氏は、すぐさま次の一手として国鉄時代(昭和40年製)のディーゼルカー「キハ52形」を導入した。これも鳥塚氏の今までとは違うことをやるという方針に沿ったものだ。
「地元の人は新車を買えと反対しましたが、お客さんは都会から来る人。都会の人は古いものが好きで、ステンレスの新車が走っていても魅力はない。今までのローカル線の歴史を見ると、蒸気機関車が走っていたころは、人気があってみんなが写真を撮りにきていたのに、地元の人は煙を吐いて走る古い列車は嫌だと廃止してしまった。私は今までと違うことをやるから、古いものを導入した」(鳥塚氏)
昭和の風景が残る沿線に昭和のディーゼルカーを走らせれば引き立つ。こうして導入されたキハ52形は、ムーミン列車に続いて人気を集める。輸送費や整備費にコストはかかったが、残存簿価として低コストで導入でき、今では女性の注目を集めるムーミン列車と、男性の注目を集めるキハ52形、2つの商品の品揃えができたと鳥塚氏は説明する。
昭和の風景を再現したイベントも実施。通行手形「通票」のやり取りを撮影するファンの姿
また、昨今は鉄道ファンの撮影マナーが問題視されているが、きちんとコミュニケーションを取れば、マナーを守って、お土産なども買ってくれるようになる鳥塚氏は話す。
「日本の鉄道会社はマニアが嫌いです。でも私は今までと違うことをやるのだから、写真を撮りに来るだけでもいいと言った。そうすると、ちゃんとコントロールできるようになるんです。みんながSNSで配信してくれるし、写真を撮らせるためだけに走らせてるわけじゃないと話せば、お土産も買ってくれるんです」(鳥塚氏)
あるとき、昭和41年製のオート三輪に乗ってきて一緒に写真を撮りたいという人も現われた。「普通の鉄道会社なら断るだろうが、面白いし、自分も見てみたかったから車庫で写真を撮った」と、鳥塚氏はここでも今までにない取り組みを行う。結果、その写真がSNSで拡散されると、昭和39年製のボンネットバスや乗ってくる人も現われ、これらのクラッシックカーの後ろを昭和のディーゼルカーが走るという観光風景が、コストゼロでできたという。
ファンの手によって生まれた昭和の風景
この活動は大きな広がりを見せ、昭和の車を展示する宮城県栗原市の「みんなでしあわせになるまつり」とも提携し、「みんなでしあわせになるまつりin夷隅」というイベントも毎年秋に行われている。
その他にも、フォークソング列車やジャズ列車などの企画が地元の人たちから生まれ、車内で結婚式も行われるようになっている。
現在はキハ52形の人気が高くなったため、昭和39年製のキハ28形と2両編成で運行している
いすみ鉄道が打ち出すユニークな施策の数々
“ここには、「なにもない」があります。”とは、いすみ鉄道のポスターに書かれたキャッチフレーズだが、ここにも地元を元気にするための工夫があると、鳥塚氏は説明する。
ここには、「なにもない」があります。
「いすみ鉄道は、田んぼと山のなかを走っていて、きれいな海岸線や富士山が見えるような景色はない。都会から来た人のなかには、せっかく来たのに何もないと怒ってしまう人もいる。それに対して地域の人が謝らなければならないという構図は、地域を元気にすることができない。このポスターを作って駅構内から列車になかに貼っておけば、怒っている人がいても謝る必要がないと考えた」(鳥塚氏)
ローカル線は万人受けする必要はなく、架線も柱もないスッキリとした田畑の中をかわいい列車や昭和の列車が走っている風景を見に来る人が来てくれればいい。そういった人たちが都会から集まり、「いい風景だ」「すばらしいところだ」と写真を撮っているところを地元の人が見聞きすることで、地元に誇りを持つようになるのだ。また、このポスターの撮影スポットには多くの人が集まるようになり、観光地化することができているという。
キハ52形とキハ28形を連結させた列車で、イタリアンのフルコースや刺身を提供するレストランカーもいすみ鉄道の新たな試みだ。地元の食材で作られた料理を振舞うこの企画はテレビや雑誌の注目を浴び、家族連れやカップルを中心に数か月先まで予約が埋まっている状態だという。また、商品の品揃えとしてオリジナルのレトルトカレー「キハカレー」の社内提供や販売もしている。
「日本ではじめてのジャケットで買わせるレトルトカレーだと思っている(笑)。100円以下でもレトルトカレーを買えるなか、美味しさで勝負すれば血を血で洗うレッドオーシャンのマーケティングに飛び込まなければならないが、ブルーオーシャンで勝負するために美味しいなどとはひと言も言わず、昭和に食べた懐かしいカレーとしか言っていない」(鳥塚氏)
年間6000箱ずつ売れるというキハカレー
ムーミン列車の女性、キハやレトロな風景を撮りたい男性、イタリアンを楽しみたいカップル、レトルトカレーを求める男性など、商品の品揃えによって、さまざまな層を惹きつけるようにしていることもいすみ鉄道の大きな特徴となる。
さらに、夜行列車企画も定期的に開催し、2014年は5回開催している。26.8kmで片道50分のいすみ鉄道を3往復するというこの企画では、地元にお金が落ちるように最初にホテルに案内して夕食をとって列車に乗るようにし、長時間停車の間に地元の応援団による夜鳴きそばを提供したりしているという。
「ローカル線は、都会の人が思いをはせる場所になる」という考えから生まれた、枕木にメッセージプレートを付けられる「枕木オーナー」もユニークな施策だ。いすみ鉄道に行かずにネットショップから購入できるが、枕木オーナーとなった人は、必ずいすみ鉄道を訪れ、だれかに見せるために再訪してくれるという。
「枕木オーナーになった人は必ず見に来る。そして見に来た人は、だれかに自慢したくなってもう一度やって来る。短い期間に何度も同じ場所に訪問すると、その人のなかで特別な場所、思いをはせる場所になる」(鳥塚氏)
大人になっても忘れない思い出をつくる
最後に鳥塚氏は、いすみ鉄道への思い入れがなぜ強いかについて、子供の頃に乗ったことがあったからだと説明する。子供の頃に行った場所は大事な思い出の場所になるため、現在、いすみ鉄道では子供の遠足などを企画し、積極的に家族や子供に利用してもらうようにしているという。
「ローカル線を体験してもらい、ローカル線や田舎の思い出をいっぱい持ってもらえれば、20年後、30年後にローカル線や田舎を大事にする人間になってくれる。そうしなければ、日本は新幹線と高速道路と飛行場だけの国になってしまう。アメリカ型経済では田舎なんていらないが、いい思い出を持った子どもたちが大人になって田舎を大事にすることをローカル線の使命としてやっていきたい」(鳥塚氏)
講演の最後、鳥塚氏は「ローカル線の事業は、企業として利益を出すだけではなく、単なる地域の足となることでもない」と話し、地域を元気にして、体験や思い出から地域やローカル線のよさを知る人間を育てることが使命であることを示した。
第8回東北セミナー 第2部レポート
第8回東北セミナー 第3部レポート
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