Digital Marketing Institute | デジタルマーケティング研究機構

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『「脱媒体別戦略」を実現する戦略論 ―― 消費者の感情が動く「モメント」がコミュニケーション設計の鍵』 2015年3月23日開催 第29回WABフォーラムレポート第一部 イベント報告

  • 掲載日:2015年5月25日(月)

「脱媒体別戦略 ~媒体別戦略から、生活者別戦略へ」。Web広告研究会が3月23日に開催した「第29回WABフォーラム」では、複数の部門やメディアを横断したマーケティング戦略が求められる時代になると宣言したうえで、それを実現するための戦略論、組織論、人材育成の3つのテーマでパネルディスカッションが行われた。

脱媒体別戦略 ~媒体別戦略から、生活者別戦略へ~

WABフォーラムの最初に登壇したWeb広告研究会 代表幹事(花王)の本間充氏は、2015年のWAB宣言「脱媒体別戦略 ~媒体別戦略から、生活者別戦略へ~」を発表。Web媒体からの脱却ではなく、各媒体個別に戦略を考える時代は終わっていると説明する。


「脱媒体別戦略」を宣言するWeb広告研究会 代表幹事(花王)の本間充氏


また、電通が毎年発表している「日本の広告費」を例に挙げ、「はたして、広告費を媒体別に比較して意味があるのだろうか」と疑問を呈している。メディア別に広告費を見る時代ではなく、広告全体を最適に利用することをしっかりと考えなければならない局面に来ているのだ。

生活者がすべてのメディアをモバイルで利用できるようになっているなか、メディア別の広告チームを組んでサイロ化していくのではなく、メディアの垣根を越え、「最適な組み合わせはなにか」「どのコンタクトポイントを使う必要があるか」を話し合う必要があると説明する本間氏は、「脱媒体別戦略」を行うための戦略論、組織論、人材育成の3つの観点で議論していきたいと話し、第一部につなげた。

ネスレ日本の考える脱媒体別戦略

第一部の「脱媒体別戦略を実現する戦略論」では、引き続き本間氏がモデレーターとなり、ネスレ日本の野澤 英隆氏と、博報堂の須田 和博氏がパネリストとして登壇した。


ネスレ日本株式会社
野澤 英隆氏
「メディア投資を行っているから消費者に届いているという楽観論と、メディア投資を行っていないから消費者に届いていないという悲観論の両方を否定する形でメディア戦略を話していきたい」(野澤氏)

まずネスレの野澤氏は、戦略的にコンタクトポイントを開発していくためには、「何を」「どうやって」「いつ」「どこで」コミュニケーションを取るかを考えること、消費者を深堀してじっくり考えること、Receptivity(受容性)を考えることの3点が重要だと話し、次の3つの順でコミュニケーション開発をしていると続ける。

・何を:What(Brand Proposition)
・どうやって:How(Creative Idea)
・いつ、どこで:When/Where(Contact Point)


「Brand Proposition」では、カテゴリのなかで製品がユニークといえるようなコンセプトを決め、「Creative Idea」でコンセプトの広告表現を決め、出来上がったクリエイティブをいつ、どこの「Contact Point」に出していくかを考えていく。コンセプト、クリエイティブ、コンタクトポイントの3点が最適かつ優れたものでなければ、消費者のレスポンスを最大化することはできない。

また、野澤氏は「どれだけ深くターゲットのことを考えるかによって、コミュニケーションの成功と失敗が決まってくると考えている」と話す。たとえば、次のような考えだ。

・ターゲットが購入者と消費者のどちらなのか
・性年齢はどこになるのか
・その性年齢層の人たちを深堀りするとどのような傾向や趣味嗜好があるのか
・その人たちは表層的ではなく内面でどのようなことに反応するのか
・その人たちはどのようなメディアを使っているのか


さらに、コミュニケーションで何を達成したいかを示す「Communication Objective」(新しいブランド名を浸透させたいのか、使い方を浸透させたいのかなど)を縦軸に、ターゲットがいつ、どのようなときにコミュニケーションに接すれば自分にとって有益だと考えるかという「Receptivity」を横軸にマトリックスを作り、どのコンタクトポイントを優先的に利用するかを考えていく。テレビ広告が有効だとか、デジタルが有効だということではなく、このようなマトリックスを作成して最適なコンタクトポイントを選定している。

ネスレでは、365度全方位的にコミュニケーションできるようにコンタクトポイントを作ることを重視していた。しかし、実際にそれは難しいと考え、7~8年前から消費者にとってどこにReceptivityがあるかを探し、有効なコンタクトポイントを見つけるという考え方になったという。ターゲットのReceptivityを見つけるためにはターゲットを深堀していくことが必須だが、まずは仮説を立ててみて実際にやってみることが重要であり、事後に評価を行いながら変更していることを野澤氏は明かした。

ターゲットの役に立つ「使ってもらえる広告」を作る


株式会社博報堂
須田 和博氏

博報堂の須田氏は、著書『使ってもらえる広告』(2010年)にも記したように、広告プロモーションとしてのメッセージ訴求ではなく、実用性でユーザーに接近する方法があると話す。須田氏がこれに気づいたのは、ソーシャルメディア世代の若者に年賀状をだしてもらう、mixi年賀状のクリエイティブディレクターの依頼を受けたときだ。メッセージを届けても動かない人にどうやって動いてもらうかを考えたとき、このことに気づいたという。

この「実用性」という傾向は、その後も多く出現している。たとえば、ロッテのソフト・キャンディ「カフカ」のプロモーションで制作された「泣きやみ動画」もその一例だ。もとは、ソフト・キャンディを幼稚園の送り迎えをしている母親にリーチさせたいという依頼だったが、ターゲットを深掘りしていくと、送り迎えに飴用のバッグを持ち歩き、それをきっかけに母親同士でコミュニケーションしていることや、よくスマホ動画で子供をあやしていることに気づき、そんな時に話のネタにしてもらえるようなものを提供できればよいと考えて、泣きやみ動画が制作された。


https://youtu.be/tksjPfzRND8

泣きやみ動画は、音響工学によって96.2%の確率で子どもが泣きやむという「実用性」を備えつつ、製品名と特徴がわかるような内容となっている。YouTubeにアップされたオリジナル動画は、1,000万回以上再生され、ユーザーによるくりかえし編集加工されたリミックス動画を含めればのべ4,000万回以上再生されている。

「どこにチャンスがあるか、ユーザーをよく見ることが重要。飴バッグの存在と、母親たちの悩みがグズリ泣きの子供であること、普通にスマホで子供をあやしていること、この3つに気づいた時点でいけると思った」(須田氏)

テレビとネット、効果的なコンタクトポイントを連動させる

一方、ネスレ日本では、各ブランドサイトやキャンペーン情報などを掲載する会員制サイトの「ネスレアミューズ」を運用しているが、そのサイトとYouTubeを相互送客する「ネスレシアターon YouTube」という取り組みを2013年11月から行っている。著名な映像監督にショートムービーを作ってもらい、ネスレアミューズで予告篇や特典映像を掲載して、ネスレシアターに本編を掲載するという形だ。


ネスレシアターではオリジナル作品を多数展開

この取り組みはキットカットなどのブランドにも展開され、2014年9月からはテレビCMで動画の一部を紹介し、ネスレシアターの本編に誘導している。これは、キットカットのユーザーを深堀りすると、Webだけでなく、テレビの接触時間も高いことがわかり、効果的なコンタクトポイントとして選択した結果だと野澤氏は説明する。15秒のテレビCMではブランドの世界観を伝えきれないが、長時間のテレビCMはコストが膨大になるため、ネスレ日本ではこのようなアプローチを行った。

続いて須田氏は、ユーキャンの通信教育キャンペーンの例を示す。同キャンペーンでは、テレビCMと連動させて、独自のスマートフォン用キュレーションメディア「マナトピ」を作成し、若い女性をターゲットにした学びの情報を随時更新している。また、イメージキャラクターの女性タレントが出演する、東京ガールズコレクションの壇上でアピールしたという。


Web広告研究会
代表幹事(花王株式会社)
本間 充氏

これらは長期間に渡る複数のメディアを利用した例だが、本間氏が「大企業内ではイベント、テレビCM、Webの担当者が異なるため、共通言語を使って、スケジュールを合わせるだけでも大変だったのではないか」と質問すると、須田氏は、「企業側だけでなく、代理店もメディアによって担当者が異なるため、それらをつなげる役割を営業と一緒になってやった」と答えている。

複数のコンタクトポイントを組み合わせることが求められるなか、どのような戦略を立てていけばよいかを聞かれた野澤氏は、「コミュニケーション戦略全体を考える代理店と、メディア戦略を考える代理店を別に立てている」と答える。

ネスレでは、Creative Ideaを考えるところからキャンペーンをスタートするが、一気通貫で全体の設計をしてしまうと、自分たちのやりたい範囲だけにメディアが限定されてしまうため、メディア戦略全体とクリエイティブという2つの異なる視点から、キャンペーン全体を作っていくという。

須田氏は、コミュニケーション設計において、ターゲットユーザーがどんな人で、どんなニーズがあるのか、ユーザーを洞察することを重視していると話す。前述のカフカの事例の際は、商品の特徴であるソフトな素材ができた時点から代理店が入り、どのようなターゲットにリーチするかを一緒に考え、ミルク味ということから幼稚園の送り迎えを行う母親に絞り込んだと説明する。また、前述の通信教育の事例は若い女性をターゲットにプロモーションをするものだが、別班で男女合わせてブランド・コミュニケーションを行うチームもあるという。

モメントやReceptivityをどのように見出すか

フォーラムでは、須田氏が代表をつとめるクリエイティブ実験チーム「スダラボ」の手がけた事例も紹介された。その1つ、青森県田舎館村の田んぼアートを撮影すると地元産の米が買えるアプリ「Rice-Code」は、2014年のカンヌPR部門ゴールドを受賞したプロモーション事例だ。


観光地の風景が売り場になるRice-Code

「新しい取り組みをして話題になることで、注目されて観光客が増え、さらに物販にもつながればなおよいと考えた」という須田氏は、「スマートフォンを持っている人はどこにでもメディアがある状態で、田んぼもメディアになる」と強調する。どこにでもメディアがある状況では、感情が動く「瞬間(モメント)」をよく洞察することが重要で、ユーザーがグッとくる瞬間に「すぐ行動できる何か」を提供することが有効だという。

その他にも、スダラボでは野菜に触ると生産者の声で喋り、トレーサビリティを楽しく行える店頭プロモーションツール「トーカブル・ベジタブル」、ヘッドマウントディスプレイでホラー映画を観て、心拍数によって割引券がもらえるDVDショップの店頭プロモーション「360°ホラー」なども手がけている。須田氏によれば、店頭でヘッドマウントディスプレイを付けて恐怖のあまり悲鳴を上げている様子も1つのメディアで、それによって人が集まり、人々が巻き込まれていくと説明する。

デジタルにシフトするには人の問題が大きい

一方で、モメントを見つけるにはこれまでとは違うクリエイティブマインドも求められるようになってくる。これについて本間氏と須田氏は、次のようなディスカッションを交わしている。

「モメントやReceptivityが高い瞬間は、それほど多くないと思う。その瞬間をいかに探すかがキーポイントで、我々も80年代や90年代は、みんながテレビを見ている19時から21時にCMを流せばよいと考えていて、瞬間を探すという考え方はなかった。ターゲットのモメントを考えるというのは、従来のクリエイティブマインドとは少し異なると思うが、スダラボのメンバーは最初から持っていたのか、それともトレーニングをしてきたのか」(本間氏)

「オリエンのない状態で探すことも多いので、自分の生活を振り返る以外に探しようがない。自分が欲しいものからモメントを探すようにしている。具体的なガイドがあった方がよいと思うが、それぞれが模索しながら、現場に飛び込んでフレキシブルに仮説を立て、考えるようにしている」(須田氏)

また、Receptivityを見出すための教育に関して野澤氏は、次のように述べる。

「テンプレートはあるが、世の中の推移によってそれは変わっていく。基本の部分はあっても、時代によって変える必要がある。テンプレートを使うマーケティングの人間もフレキシブルに対応していると思う。テンプレートから何かが生まれるわけではなく、考え方を整理する手助けでしかない。代理店も含めて皆で考えて、Receptivityを探している」(野澤氏)

テンプレートがあったとしても、だれがどのように動かすかは重要な要素だ。従来のような媒体別のテンプレートだけでは、コンタクトポイントを最適化することは難しい。脱媒体別戦略を実現するためにも、新たなテンプレートを作っておく必要がある。

野澤氏はさらに、「マス媒体で育った自分に比べ、新人はデジタルファーストで考えている。我々の世代がファシリテートをしているうちは、トラディショナルなメディアの比率はそれほど下がらないのではないかと思う」と述べる。

これについて、一昨年のネスレ100周年記念講演で来日したフィリップ・コトラー氏も、世界のメディアがデジタルに大きくシフトするにはあと15~20年ほど、デジタルメディアで育った10代~20代が会社の中枢になることで、予算が大きくシフトするのではないかと話していたという。デジタル技術の日進月歩よりも、人の問題が大きいというのだ。

「だからといって20年は待てない。気づいている人が変える必要があり、野澤さんのおっしゃるように、だれが新しい考え方を出して会社に持ち込み、皆で議論するためのリーダーシップを取るのかということだと思う」(本間氏)

「リーダーを力関係で部長や役員にするのではなく、ある程度ニュートラルに見られるテンプレートなどを使って若い社員などが語れるようになればよい。単にディスカッションするだけだと、どうしても力や立場の強い人の意見が優先されてしまう。ニュートラルに本質論を話すことが重要」(野澤氏)

また講演の終わりに須田氏は、スダラボは若手4人とベテラン3人のバランスがよく、須田氏自身も若手の意見を聞くように心がけ、若手が何をしたいかを聞きながら着地点をベテランが考えることで、スムーズにコミュニケーションできていることを明かした。


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