「DMP導入に欠かせない社内合意、キリンがDMP実装で経験した3つのポイント」2015年11月24日開催 月例セミナー 第2部 イベント報告
- 掲載日:2016年1月22日(金)
キリングループは2014年1月にデジタルマーケティング室を設立し、大きな組織改革を進めてきた。グループを横断したビッグデータの利活用もその1つ。Web広告研究会の11月月例セミナー第二部は、「現場で感じたDMP活用の壁と乗り越え方~社内を動かすためにどのように考えたか~」と題し、DMPの導入を進めてきたキリンの高柳氏が、その背景や実際の運用などについて現場の目線で解説した。
顧客との関係性を再構築する
キリン株式会社
デジタルマーケティング部 デジタルマーケティング担当
高柳 裕行氏
まず高柳氏は、キリンのデジタルマーケティング部の2015年の基本方針について、次の3つを掲げた。
1. お客様の行動データや反応からインサイトを獲得し、最適なおもてなしを実現する気づきを得る
2. 今の、これからのお客様とのデジタルのタッチポイントを通じた顧客体験を提供する
3. 心が動くコンテンツで、"Quality with Surprise"を実現する
なかでも強く意識したのが1つ目と2つ目で、お客さまの行動を知り最適化していくという基本方針を実現するために、DMPを重要視している。
DMP導入の背景には、飲料業界でこれまで難しいと言われてきたCRMに対する挑戦の意味もあると高柳氏は話す。飲料は、店頭でその日の気分によって選ばれることが多く、酒類はマス広告の規制も多い。従来のように巨大なマス広告でリーチし、印象付けて買ってもらうだけでなく、成熟する飲料業界において、改めて顧客との関係性を考え直して、CRMにしっかりと取り組むことがDMP導入のきっかけになったという。
飲料業界のCRMプラットフォームを構築する
現状では、2015年11月時点でデータを貯めるための整備を行い、2016年からはデータ活用を可能とするプラットフォームの整備に取り組む予定だ。
マーケティングの現場と共通言語で会話する
DMP導入の最前線にいた高柳氏は、社内調整が非常に重要だと話し、次の3つがポイントになると説明する。
1. 合意形成
2. お客様を主語にする
3. 伴走型のパートナーを見つける
1つ目の「合意形成」は、どんな企業でも重要な要素だ。キリンのDMP導入は、2015年5月時点で上層部から推進されて始まったが、事業会社にはデジタルマーケティングの専門組織がなく、現場はマス中心のマーケティングだったため、戸惑いがあったという。
デジタルマーケティング部で資料を用意しても、内容が細かいために理解を得ることが難しく、具体的にどのように進めるかが不明確だった。大筋で合意を得て進めるしかなく、貯めたデータを活用する際に事業部のメンバーを動かせない状態だった。
事業部のメンバーは、デジタルマーケティングに詳しいとは限らない。そのため、わかりやすい共通言語を作る必要があると、高柳氏は説明を続ける。たとえば、マーケティング部門に説明するためには、DMPを意識させずに、その人たちが普段使っているマーケティング用語に置き換えて具体的に説明することがポイントになる。「高果汁飲料のブランドサイトに来ている人は、果実好きの人かもしれない。だったら、この人たちには情報を出し分けるといい」といった具合だ。
また、DMPのシナリオ設計をわかりやすい俯瞰図にすることも有効だという。DMPを構築するうえでは、顧客との関係性を定義することが重要だが、それをコンセプトダイアグラムなどの俯瞰図にして説明することで理解を得られやすく、現場からの意見やアイデアも得ることができたという。
DMP導入時に作成したコンセプトダイアグラム
参考:第9回東北セミナー『PVやUUにとらわれない図解でわかる分析手法「ビジュアルWeb解析」の活用3ステップ』
ブランド目線だけでなく顧客目線で考える
2つ目の「お客様を主語にする」では、データ活用の企業(ブランド)メリットだけでなく、顧客にとってのメリットを考えることが重要だ。
たとえば、DMPを活用することによってリーチを絞り込むことができるため、顧客にとっては自分に関係のない余分な情報が届かなくなり、適切なタイミングで適切な情報を得ることができる。
ブランド目線の施策を考えているだけでは効率化ばかりに目が向きがちなので、データを活用することで顧客にどのようなメリットが生まれるかを考えることが重要だ。これによって、顧客目線のシナリオで前向きに、部署横断的にデータを蓄積する動きになったという。
たとえば、高柳氏はSNSでキリンのファンであるような書き込みがあった場合には、積極的に会話してコミュニケーションするようにしている。コミュニケーションしてそのファンが喜ぶ姿を見ることで、顧客を大切にしなければならないという姿勢になり、その姿勢や意識を持つことで、顧客のことを考えたデータ活用ができるようになる。
このようなコミュニケーションも資産にするために、対応したファンのフォロワーリストや会話への反応などの記録を取り、今後もっと喜んでもらったり、継続的な味方になってもらうことで、ビジネス的な資産にできると高柳氏は話す。
データ活用のステップをともに走るパートナー
3つ目の「伴走型のパートナーを見つける」とは、データ活用の「環境整備」「活用実績づくり」「横展開して活用の幅を広げる」という3つのステップを、一緒に伴走してくれるパートナーを見つけることだ。
キリンではDMP導入の際、環境を整え、活用実績を作ってから、横展開して活用の幅を広げるというステップで進めてきたが、特に2番目の活用実績を作る際にパートナーの存在が重要となってくると高柳氏は話す。予算主である事業部を説得するためには、デジタルマーケティング部でインフラ設計やシナリオ設計を行う一方で、広告代理店などのパートナーが施策の提案や実行をして、パートナーと二人三脚で進めていく必要があったという。
データ活用には「分析」「企画」「実行」の力が求められるが、それぞれが得意な人はいても、すべてを一緒に走ってくれる人は少ない。しかし、高柳氏は経験から、すべて一緒に伴走してくれるオールラウンダーが望ましいと話す。マスやリアルも含めたタッチポイントを、広く俯瞰した視点で見ることができ、根気強くPDCAを回してくれるパートナーが必要だからだ。これらをすべて代理店に任せるのではなく、広告主自身もこれらの力や視点を身につけることも重要になる。
パートナーと二人三脚で導入を進めた
規模よりも精度、ブランド理解よりも共感
これまでの3つのポイントを説明した高柳氏は、導入によって得た学びについて、次の3つを挙げる。
・トップダウンで始めるのはいいが、現場の理解がなければ実効性のないものになってしまう。
・理想論から始めてしまいがちだが、共通言語を使って現場から一歩を踏み出さないと先に進まない。
・顧客目線で一歩踏み出して実績を残すことで、事業部やブランドを横断する形になる。
今後の展望について高柳氏は、キリンのブランドメッセージである"Quality with Surprise"のQualityを、製品からコミュニケーションの品質まで含めて高めて、顧客に感動を与えるようにデータを活用していきたいと話す。また、タッチポイントも拡張し、これまで取れていなかった工場見学者のロイヤルティや気持ちなどのデータ、自販機で得られるデータなども蓄積して、体験の最適化やアプローチに役立てていくことを考えているという。さらに、キャンペーンなどでシールを集めて応募してきた顧客は、多くのキリン製品を飲んでいるはずなので、これらの顧客に対してのコミュニケーション施策も行っていく。
また高柳氏は。「今回のデータ活用に際しては、規模よりも精度を重視し、顧客にどのように深く刺さるかがデジタルでは重要である」と話し、きめ細かくデータを活用する必要があると説く。ブランド側から価値を押し付けて理解を求めるのではなく、顧客の行動データや会話のコミュニケーションの中から、共感される価値がどこにあるのかを探索することも重要だ。こうした考え方を、現場や事業部に理解してもらうためには、データ活用のアプローチが顧客との関係性構築に役立ち、事業に貢献できることを示しながら、多くの部署を巻き込んで進めていくことが重要だ。
最後に高柳氏は、2015年のWeb人大賞を受賞したキリン CMO 橋本誠一氏の「サイエンスにはハートが必要」という言葉を引用し、次のように話した。
「データサイエンスは冷たいイメージを持ちがちだが、隠れたニーズを見つけて顧客の本音に迫ったコミュニケーションを行うためには、思いやりや人間的な考え方が重要であるという意味の言葉だと捉えている。精度や共感といったことを考えるためには、この言葉を忘れないようにしたい」(高柳氏)
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