Digital Marketing Institute | デジタルマーケティング研究機構

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“一人多色時代”のマーケティングのカギは? DMP、レコメンド、ターゲティング広告……ユーザーに寄り添うために必要なこととは―― 4月20日(金)開催 第32回WABフォーラムレポート(2) イベント報告

  • 掲載日:2018年6月5日(火)

Web広告研究会が発表した2018年のWAB宣言は「消費者一人一人が多様な趣味嗜好を持つ時代=『一人多色時代』に企業はしっかり向き合おう。」というもの。宣言に基づいたWABフォーラム第2部では、栗田宏美氏(クレディセゾン)、秋山大志氏(ベネッセコーポレーション)、小林高英氏(大和ハウス工業)が登壇。森田雄氏(ツルカメ)をモデレータに、消費者と企業の関係性をディスカッションした。

“100人100色の精密マーケティング”は、まだまだこれから

パネリストは3者とも、同じデジタルに携わる部門に所属しているのだが、社内での立ち位置は異なる。ディスカッションは、それぞれの立場と視点から、各トピックを論じていく流れで進められた。

モデレータ
株式会社ツルカメ
森田 雄 氏


大和ハウス工業株式会社
総合宣伝部 事業販促企画室
小林 高英 氏


株式会社クレディセゾン
デジタルマーケティング部 データビジネス課
栗田 宏美 氏


株式会社ベネッセコーポレーション
K&F事業本部 デジタルビジネス開発部
秋山 大志 氏


「DMPなどのツールの進化によって“100人100色の精密マーケティング”さえ可能になった」(森田氏)という状況を踏まえ、まず各社が実際に精密マーケティングを進めているのか説明した。

栗田氏:やっているかどうかでいえば、「やろうとしている」というのが現状。この4月に現在の部署に異動したばかりでまだ何も分かっておりませんが(笑)まさに「データ」を使って、クレディセゾンで何ができるか、何を提供できるかを摸索しています。

現在はおよそ2,700万人のカード会員と、およそ1,500万人のネット会員がいますが、たとえば同じ「35歳・男性」といった切り取り方をしても、趣味嗜好がまったく違うし、カードの使い方、消費の傾向も違い、「クラスタで考える」ことができなくなっています。そのうえで、プラットフォーマーとして“クレディセゾンの世界観”を実現したいと考えています。

秋山氏:私がベネッセで担当しているのは、妊娠・出産・生活デジタルメディアのマネタイズです。

運用型広告やメディアでは、“100人100色“のマーケティングをやろうとしており、訴求する広告商材はたくさんあるので、ファーストパーティデータを使って「ユーザーに最適な広告を届ける」という対応が可能だと思います。トレジャーデータを去年4月から導入し、CDP(カスタマーデータプラットフォーム)でスコアリングして最適な広告を届けるというトライも、いま進めています。

小林氏:私は、ダイワハウスのなかで「戸建て住宅」を担当しています。「戸建て住宅」というのは、家を建てるまでの期間があるため顧客が考えるスパンが長く、知りたいことも時期によって変わります。そのなかで当社とどう接点を持ち続けていただくかが大切なので、精密マーケティングの重要性は増しています。

森田氏:秋山さんに聞きたいのですが、広告商材とはどういうものになりますか。

秋山氏:プログラマティックの世界に出稿側が移ってきて、最適な広告を出すために、いままでSSPやDSPまかせだったところを、媒体側でもコントロールできるようにしています。質問に対する回答としては、具体的にはクリエイティブやバナーになります。たとえば1社で提供している単商材を運用型広告で届けるときに、100通りのお客様に100通りのクリエイティブを作るというのは、かなり大変です。

森田氏:100人向け100通りのクリエイティブを出せなくはないけれど、最終的に商材は1つになる。

秋山氏:パターンはいくつかありますが、自社だけでは、特定のターゲット・セグメントに提供する商材は限られたものになります。それだけを押していくのではなく、媒体をやっていくうえで、広告枠も1つのコンテンツとして、自社で提供できていないが、お客さまにとって役に立つ商品やサービスを提供しているパートナーの広告を、ユーザーにとって価値のある情報、必要な情報として届けたいと思っています。


“100人100色時代”から“一人多色時代”への変化はどう考える

近年は、「100人が100色の行動を取る」という言葉通りの表現ではなく、「1人が多様な過ごし方をしている」という捉え方も強くなっている。「外出先と自宅」「業務中と休憩中」「PCとスマホ」など、1人が複数の顔を持っていることは多く、「状況に応じて欲しい情報が違うのではないか」(森田氏)というのは、誰もが疑問を持つところだろう。それぞれ、どのように考えているのか。

栗田氏:「ユーザーの多様性」に対して、クレディセゾンでは2つの方向性があります。1つは、自社プロダクト世界のなかでの最適化。もう1つは、セゾンカードのデータを使った、BtoBのビジネス支援の提供です。

前者では、閉じられた最適化なので、モーメントをとくに区別しない(できない)という考えで、最適化を行っています。後者では、(ユーザーの多様性を)モーメントで区別したいんですが、ソリューションがまだ追いついていないというのが現状です。

秋山氏:DMP的には可能ですよね。たとえば、本日のフォーラムのように「今日ここに来た」という共通項があり、さらに一定の変容や行動が起きるわけです。私は、カスタマージャーニーやナーチャリングを考えているので、ファーストパーティデータでとれるもの、セカンドパーティで連携できるものなど、ユーザーがどういうインプットを受けたのかスコアリングしていくことは、今後やっていきたいですね。


一人多色時代は原点に戻っているだけなのか

前述の回答に対し、モデレータの森田氏は「“一人多色時代”のマーケティングがピンと来ない……」と口にした。営業マンが顧客一人一人に相対していたような旧来の世界を振り返れば、もともと“一人多色”は当たり前だったのではないかというのだ。

森田氏:ネット時代になって、ツールが追いついたともいえるけれど、勝手にセグメントされている感じがする。

小林氏:家の販売は、ネットだけでは完結しません。営業担当が大きな位置を占めます。カスタマージャーニーの位置を理解してもらうために、行動履歴を担当者に渡して、お客様に寄り添った行動で商談を進めてもらうといった考えを持っています。

森田氏:ユーザーに対して合っていそうな広告を出すだけでいいのか? それは寄り添っていることになるのか? (ターゲティングされた広告しか出ないのなら)取捨選択の機会や発見の機会が失われるような気がする。

栗田氏:最適化の弊害は絶対にあると思います。弊社のサービスでは、永久不滅ポイントやカードの履歴などを使っていれば、なんらかのデータを取れるので、過去の行動にもとづいた最適化はできます。しかし個人的には、最適化を極めると、どうしても「気持ち悪さ」みたいなものが出てくると思うんです。データの話をつきつめるほど、補完として「リアルの場を作りましょう! 必要ですよね」というように、「データの話」と「リアルの話」が一緒にくることは多い。WAB宣言も、一種の“リアルへの揺り戻し”の前兆なのだと個人的には思います。

秋山氏:たとえば、Amazonの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」という仕組みには、発見があると思います。レコメンドエンジンでのセレンディピティ(偶然の出会い)はあるでしょう。しかし、意外とつまらない、当たり前な結果が出てしまうという現状もあります。

私どもの事業ドメインでは、妊娠・出産・育児用品のECサイトをやっています。協調フィルタリングやシナリオを入れていますが、そもそも妊娠週数別とか月齢別とかのタイミング別のひとつのユーザーセグメントに勧められる商品が5~10個ぐらいしかないから、結果があまりかわりません。こういうケースだと「エンジンじゃなくて、人力でよくないか?」と感じます(笑)。楽天やAmazonみたいに商品数が膨大ならレコメンドエンジンの結果は変わるんですが……。最低限は機械にまかせて、マーケティングの部分は「まったく違う空気を作る」とかの方がいいのではないかとも思います。


「ユーザーが気づかないことを気づく」のがデータサイエンティストの役目

レコメンドエンジンの活用は一般化しつつあるが、「お勧めされまくった結果、スマホの小さな画面では、何が本当のお勧め記事かわからなくなってくる」(森田氏)という感想は、ユーザーレベルでも多いだろう。また精密であろうとし過ぎて、マーケターや運用担当者の負担も大きくなっている。そもそもそこまで精密な設計は可能なのか、という疑問が沸くが、栗田氏は「限界に挑戦しようとしている」と力強く語る。

栗田氏:うちの会社では、「顧客情報の完全なる統合」が世界観としてまだ実現できていません。その実現によって、提供できるメリットは確かに増えると思っていますが、極めきってしまうと「気持ち悪くないか?」という議論は残っていると思います。

秋山氏:できるかどうかを聞かれるなら、弊社もやろうとしています。ユーザーの行動や属性を変数として機械学習させてモデルを作って、ラベル付けやスコアリングの点数を出すことをやっています。その結果いままでと違ってくる点もあります。たとえば、従来のABテストでは、多数決でAを実施すると、Bを選んだ人からの評判が悪くなるわけですが、こうした選択をユーザーごと、アクセスごとにできれば、100人に向けてテストなしで最適な広告配信が可能になるわけです。

森田氏:機械的に処理してしまうと「特定の広告ばっかり出てくる!」という事態が考えられるのではないでしょうか。

秋山氏:人間が対応することで気持ち悪さは軽減できると思いますし、「ユーザーが気づかないことを気づく」のがデータサイエンティストの役目かもしれません。機械的な処理は、フリークエンシーキャップをかけるなりしないと、無駄が増えたりお客様にも迷惑をかけたりします。お客様が多様化しているのに、マーケター側が同時に同じツールを入れているのも課題だと思います。

たとえば、ビール会社4社が同じツールを使って、同じデータを入れて、同じDSPを活用して出稿したら違いはなくなり、単なるローテーションになってしまう。ツールをチューニングするなど、他と違うことをやらないといけないと思います。

森田氏:全員が同じツールを導入したらどうなるのかというのは広告ツールの抱える問題ですね。SEOも1位の場所は1個しかない。商品も1位の場所は1個しかない。一方で、良いモノがあっても、出稿してなければ出ないし、予算をかけている1個に負けるという側面がありますよね。

栗田氏:いったんはお金の勝負になるでしょうが、そのフェーズはすぐに通り過ぎると思います。私はクレディセゾンにいるので、友人などから「どのカードを持つのがいいの?」という質問をすごくされるのですが、「ライフスタイルに合ったカードを持つのが一番いい」という結論になります。カード優待やポイント還元率などには、本質的には決定的な差はなくて、「社会的なスタンスであるCSV(Creating Shared Value)で作り上げた企業への賛同・好感度」が効く時代が来るのではないかと思っています。データの世界でもそういう時代がくると考えています。


精密マーケティングが生活の質を上げるとは限らない

森田氏:1日1日で検証すると、人々の生活は大きく変わらず、定型化している。日常生活はランチのタイミングぐらいしか変化していない。だから、多色的な広告を打つのは、実はナンセンスなのではないかと考えている。精密なターゲットされた広告と、ブロードキャスト的な広告を混ぜないと意味がないのではないか。

秋山氏:その点はおっしゃるとおりですね。弊社の「ウイメンズパーク」では、時間別PVの山は、ほぼいつも一緒です(土日と平日で違いはある)。家族の帰宅時間でライフスタイルがわかる感じです。また、夏休みなどはぐっとPVが下がります。年末年始も「実家に帰ってPCがない」「あってもブクマがないのでアクセスしない」といった流れで、さらに下がるといった動き方をしました。ただ最近はスマホでの閲覧も増えて、平坦になってきています。

※「ウイメンズパーク」は、妊娠・出産・育児の悩み相談を中心とした、女性専用の会員制クチコミサイト。1日何回も訪問・長く巡回するようなユーザーが多く、やや特殊なサイトだという(月平均で、訪問10回以上、閲覧時間2時間以上)。

森田氏:DMPによるマーケティングで、クリエイティブの出し分けを行うという話がありましたが、それをコンテンツに応用するといったことはやっていないんですか。

秋山氏:今後使っていこうと思っていますが、すでに無料で使えるレコメンドウィジェットもあるので、独自に開発するのはコスト的に見合わないと感じます。そういったレコメンドエンジンに連携してもらってデータをもらい、広告やコンテンツの出し分けに使うということを若干考えています。

栗田氏:当社のアプリを使ってくれているユーザーは、月1回サイトを見てくれる人がほとんどです。カードの場合は、利用金額の明細がありますから。コンテンツを最適化することは、QOL(Quality of Life)を上げてくれるとは思いますが、たとえばアプリでは「お知らせがいっぱい届くと正直見る気にならない」といった心理もあります。いくら最適化して情報を届けても、トータルでQOLを上げることにならないと考えます。プッシュ通知がたくさん来すぎても、イヤですよね。

森田氏:スマートスピーカーがプッシュしてくるとかは、どうなのでしょう。

秋山氏:現時点でスマートスピーカーは能動的に話さない。ラジオの広告のようにすっと入ってくるならいいんですが、Webで能動的にみるコンテンツの冒頭や途中に何度も広告が入ったりすると「広告がうざい」と思われますよね。スマートスピーカーにしても、そこの自然さや頻度がカギになると思います。

栗田氏:「よかれと思ってやってきたのに、うざいと思われる」というのは、課題ですね。Web研ソーシャルメディア委員会で毎年行っている調査結果では、「広告であるとわかっていても、優良で必要な情報なら見る」という話が年々増えています。広告やキャンペーン情報であっても悪ではなく、その人に必要とされるかどうかという部分に魂を割くべきだと考えています。

森田氏:広告であれコンテンツであれ、「本当にあなたに読んでほしいんです」という気持ちが伝わらないと意味がない。そこをちゃんと認識してもらえないと意味がない気がします。

秋山氏:まさにそれをやりたいと思っています。今年の5月25日にはGDPR(EU一般データ保護規則)が施行されます。オプトイン・オプトアウトもそうですが、「ユーザーの納得感」を考えた動きだといえます。ここでユーザーとの距離がまだまだ遠い企業は、キモイと思われてしまう。マーケティングはネット広告だけでは完結しないですし、ユーザーとの距離を縮めてから、いろんなチャンネルを使ってコミュニケーションを行うべきかと思います。


データと実際のユーザーにはギャップが存在する

講演後は、会場から「データを分析してセグメントした顧客と、実際にグループインタビューした顧客の姿がまったく違うことがある。データと実際のギャップについて、企業はどう向き合えばいいのか」という質問が投げかけられた。

森田氏:制作者としては、データはデータとして付き合いましょうと感じます。脳内ペルソナの集合体を意識して普段の仕事はしていますが、実際のユーザーとは絶対にギャップが生まれる。その差分を取って進めるほうが効率はいいでしょう。

栗田氏:データを扱う側ではありますが、データの話をすればするほど、リアルの導線の話がセットになって出てきます。クレカはお客さまに寄り添ってナンボですし、使っていただいてナンボです。なので、単なるデータとグループインタビューのどちらを信じるかと言われれば、私個人としてはグループインタビューを信じますね。弊社の場合は1500万人とユーザー数が多いので、「たとえば5人のグルインでいいのか」という話にもなりますが、実際の声は、ちゃんと信じます。データの結果とずれていたとしても、リアルの場で提示された意見は取り入れるべきだと思っています。

秋山氏:私たちはサードパーティのデータを使ったりするんですけど、あまり信用していなくて「そもそも当たっていないんじゃないか」と思っています(笑)。サードパーティDMPでいくつかのサイトのアクセス解析をして、ユーザーをカテゴライズ、ラベリングしたとしても、そのユーザーがどういう気持ちや状態、理由でそのコンテンツを見ているかはわからない。カテゴライズやラベリングが間違っていれば、実際のユーザーとはずれていても当然でしょう。私たちのサイトでは、直接ユーザー(会員)から情報をいただいているので、その不一致は少ないと思います。

小林氏:DMPを使ってそのギャップを少しでも埋めてくれたらいいと思います。広告にせよコンテンツにせよ、その主体はまだまだ企業側だと思います。DMPをシステムに組み込み、「個人のお客様」を中心に据えて考えるように変えたいですね。たとえば、広告を当てたいお客様をチョイスしたときに、行動履歴からそれぞれに媒体を選んで、効率良く接触できるように変えたいと思っています。


4月20日(金)開催 第32回WABフォーラムレポート(1)
 

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