「暗黒啓蒙」の時代に、メディアはコンテンツをどう届けるのか?【ハフポスト竹下氏】 2019年6月25日開催 月例セミナーレポート(2) イベント報告
- 掲載日:2019年9月25日(水)
セミナー第2部では、ハフポストの竹下隆一郎氏が登壇。なぜいま「出版」に取り組むのか、「メディア」に対する持論を語った。
公益社団法人日本アドバタイザーズ協会Web広告研究会(以下、Web広告研究会)は6月25日に月例セミナーを開催。「メディアはこれからどこに向かうのか? ー最新潮流と新たな挑戦ー」というテーマのもと、第2部にはハフポスト編集長の竹下氏が登壇し、「出版」を含む自社の取り組みを紹介した。最後はバイドゥの高橋大介氏とともに会場からの質問に答えた。
【登壇者】
・竹下 隆一郎 氏(ハフポスト日本版 編集長)
・高橋 大介 氏(バイドゥ 新規事業戦略本部 本部長 / popIn 取締役副社長)
・全体進行: 池田 俊之 氏(Web広告研究会 メディア委員会 委員長)
スマートフォンの小さな画面を超えて、コンテンツを届けるには
ハフポストの竹下氏は、ニューメキシコ州で生まれ育ち、朝日新聞社に入社。経済部記者、新規事業開発を担う「メディアラボ」を経て、2016年5月から「ハフポスト」日本版編集長を務めている。
ハフポストでここ最近注目を集めている企画には、
・読者や著名人らがコンプレックスについて語り合う「コンプレックスと私の距離」
・「表現の自由」をめぐる報道
などがあるという。
竹下 隆一郎 氏(ハフポスト日本版 編集長)
竹下: いつものセミナーでしたら、「ハフポストのPVはこれぐらいです」「こんなテーマを扱っています」「こんなインパクトを与えた記事がありました」といった話をするんですが、今日は最近自分が考えていること、世界の編集長とよく話していることを紹介します。
そこで「いま一番おもしろいコンテンツはどこに集まっているのか」をテーマに話をしたいと思います。これは「いま一番おもしろいコンテンツはどこで配信すべきか」という問いでもあります。私たちインターネットメディアはいろんなことをやっていますが、しょせん小さなスクリーン、つまりスマホ画面に届けているだけになってしまいがちです。
スマートフォンの画面は小さい。もう少し本当の意味で、広い消費者・読者にコンテンツを届けるにはどうしたらいいのか、なにを届けるかということを、とくにこの数か月考えています。
「暗黒啓蒙」の時代に、メディアはどうするべきか
竹下: 「いま一番おもしろいコンテンツはどこに集まっているのか」は、メディアとしてビジネスとして大事なんですが、いま私が深刻に感じていることの一つに、「暗黒啓蒙」という言葉があります。中二病っぽい響きですけど、この言葉は、今後の政治思想やメディア思想において、重要な鍵になると思います。
※暗黒啓蒙(The Dark Enlightenment)は、哲学者のニック・ランドが2012年に提唱した思想。新反動主義を代表する理論の1つ。
「暗黒啓蒙」とはどういうものなのかですが、少し乱暴に言うと、こういう思想なんですね:
「いま私たちが信じている“人権”とか“平等”とか“公平”は、ある意味嘘っぱちなので、暗黒時代に戻りましょう」
とくに近年、テクノロジーの発達がこの思想を加速させました。
技術や資本主義を加速させる「自由」が大切で、逆に民主主義や人権はそれを妨げると考えている人たちが一部で勢いを増しています。
もう一つ、違う話をします。最近のTwitterにみられる特徴をいくつか挙げます。
・フェイクニュースの広がり
・リベラルな思想への嫌悪感
ではその状況でメディアはどう考えてどう動くべきなのでしょうか。
私が重要だと思っているのは、「ファクト(事実)はそうだけど、メディアとしてはこう思う」といった意思表示です。“民主主義”“個人思想”“男女平等”など「○○は大事だよね」という価値を提言していく。ファクトはもちろん大事です。ただそれと同等に、そしてそれ以上に、自分たちが信じている価値観をアップデートとして、うまく現代をいきる読者に届けることです。
「スマートフォンの小ささ」「インターネットの狭さ」を飛び越えたくて書籍化
竹下: じゃあ、具体的になにをやっているのかということになりますが、その一つとして、私たちは「ハフポストブックス」という、紙の出版事業を始めました。
ネットコンテンツというのは相乗効果だったりレコメンドだったりで拡散していくという図式がありました。しかしこれがスマートフォンのなかだと、どうしても議論が狭くなってしまいます。もう少しダイナミックな議論をしたかったんですね。
ネットに私は今でも希望を抱いていますが、実際には、スマートフォンの小ささのせい、インターネットの狭さのせいで、そうしたダイナミックな議論ができなくなっていて、コンテンツのスケールが小さくなっているのではないかと感じます。
これをどうしたら広くできるかということを考えていったら、出版やイベントというものに行き着きました。
言い換えると、「コンテンツをどうしたらスマホの外とつなげることが出来るのか」ということを日々考えていったら、こうなったということでもあります。NewsPicksさんやLINEさんも、本を出しています。「また紙? 結局アナログ回帰?」と感じる人もいらっしゃるかもしれませんが、ちょっとニュアンスが違って、ただ書籍を発売するのではなく、“ハフポストのコンテンツを書籍化する、スマホの外に出す”というところが特色になっています。そうやってスマホの中や外で、とにかく「私たちが大事にしている価値観」をあの手この手で、必死になりながら伝えていくしかないと思っています。
なぜ紙?結局アナログ?、じつは従来出版と大きく異なるハフポストの戦略
竹下: 「ハフポストブックス」ですが、これはハフポストの連載を書籍化しています。たとえば「裏・読書」は、ホストの手塚マキさんによる連載です。ホストクラブ、あるいはホストも多様化していて、オラオラから優男まで、年齢も幅広くなっています。200人のホストを束ねる手塚マキさんも、従来のホストイメージに収まらない存在です。そんな手塚さんがホストの立場から文学の名作を切っていく連載が「裏・読書」でした。
ただ、Webだけだとその魅力が伝わらない。しかしこれをスマートフォンの外に出して、本という“物”にすることで、いろんなことができるようになります。「ホストクラブで読書会」というイベントも行いました。読書中にホストの名簿も配って、好きなホストと一緒に読書できるということをやりました。2回目には乙武洋匡さんを呼んで、マイノリティについて考えるイベントを、ホストと一緒に行いました。
このように、ハフポストが大事にしているマイノリティの問題を、スマホの画面のなかだけじゃなくて、実際に外に出て行えたのは、“本”の力だと思います。さらに、参加した人たちがもう一回スマホに戻ってくる、ハフポストを見てくれる。人数としては数十人ですが、物理的な“異空間”にコンテンツが入っていくのは、めちゃくちゃ強いなと思っています。
伊是名夏子(いぜななつこ)さんの「ママは身長100cm」は大人気コンテンツで、出せば読まれるというものでした。ただ、その割には、伊是名さんが知られていない。そこで、ハフポストの外に出すために、ニュース配信や書籍化を行いました。帯の推薦文はキャスターの有働由美子さんにいただいています。
障害を持つ伊是名さんは、10人ぐらいのヘルパーさんのチームシフトを組んで、子育てしていました。そのため「ママは身長100cm」も、お涙頂戴ものではなく、経営者などにチーム論として読まれていました。一方で、ヤフコメでは表層的な酷評が多かった。だから本にしました。ネットコンテンツだと伝わらない微妙なニュアンスも、手を変え品を変え伝えることで、ネットでもリアルでも伝わると考えたからです。
“コンテンツの力”を信じるということ
竹下: Facebookのマーク・ザッカーバーグ氏は最近、「The future is private」ということ唱えています。小規模なグループやイベントを中心としたサービスでFacebookがプライベートなつながりをサポートしていくという方針ですね。では、そうした個人のコミュニティで生き残るときに、パブリックな存在のニュースはどういった役割を果たすべきなのでしょうか。オンラインサロンといったクローズドな動きも台頭しているなか、マスの“数”が持つ意味は考え直したいと思って、いろんなことを見ています。
私たちの書籍を出版しているディスカヴァー・トゥエンティワンの干場弓子社長は、次のようなことをおっしゃっています。
・視点を変える 明日を変える
・PublishingとPublic
・紙/日本語/文字にこだわらない
この3つの視点はおもしろいと思います。出版にあたっては1年ぐらい議論をしたんですが、こういうビジョンを共有するのは大事だと思いました。
とはいえ、ウェブメディアとしては「今日のPVどうすんの?」ということを、足もとでは考えないといけないのも事実です。書籍が書店に並ぶことはハフポストの宣伝になりますし、メディアがメディアを取材してくれるという、通常ではなかなかない事例も生まれます。
「スマートフォンから出ること」は、情報が集中している「東京から出ること」ともイコールであるという意識もあり、出版記念イベントの一つを大阪で行いました。
質疑応答
ここからはハフポスト竹下氏に加え、第1部に登壇したバイドゥ高橋大介氏も再登場し、会場からの質問に答えた。
【左】竹下 隆一郎 氏(ハフポスト日本版 編集長)
【右】高橋 大介 氏(バイドゥ株式会社 新規事業戦略本部 本部長 / popIn株式会社 取締役副社長)
とくに最近、ビジネス書があふれていると思います。これについてどういう印象を持っていますか?
竹下: たしかに本は薄くなっていますね。2時間とかではなく、30分で読める本になっている。でもそれぐらいのソフトでライトな体裁だと、「ネットで出来ちゃうじゃん」という話になってしまうので、私はもっと濃い本を読みたいですね。
本が「売れている」という以外の、反響や評価の基準はなんでしょうか?
竹下: 3つあります。
1つ目は、売れている場所。Amazonのデータは細かく見ていて、どういう地域でどれくらい売れているかは把握しています。たとえば「裏・読書」は新宿で売れて、「ママは身長100cm」は沖縄で売れています。そういった地域ごとの分析はやっています。
2つ目は、関連ツイートですね。書籍に関するツイートをすべてSlackに集めて分析しています。
3つ目は、コミュニティでの反応です。書店イベントをオンラインで申し込んでもらって、そこで意見を聞いたり情報を送ったりしてコミュニティを作っています。そこでの反応ですね。
フェイクニュース、さらには議論に価値をもたらさないようなコメントをなくすには、どうしたらいいのでしょうか?
竹下: ヨーロッパではジャーナリストが議論に加わっていくことが多いんですが、そうすると脊髄反応的なコメントはしぼんでいきます。このような、“ジャーナリストが入っていく”ということを、今後ハフポストはプロジェクトとしてやろうと思っています。
ある意味、いまは記事を書いている場合じゃなくて、「ネット空間をどうするか?」という段階だと思ってます。議論とは関係なく相手を罵倒したり単に冷笑したりするコメントのことを、いわゆる「クソコメ」のように呼びます。そういった言葉や行為に対して、笑える空気感を作っていきたいですね。
popInを含むレコメンドシステムは、今後どうなっていくのでしょう?
高橋: 難しい質問ですね(笑)。レコメンドシステムについては、少し周回遅れぐらいですが、アジアでも「凄いシステムだ」とは言われています。一番大事なことはメディアに寄り添っていくことで、「次に読みたい物をお勧めしていく」という機能はなくならないでしょう。
問題になるのは「精度」だと思います。マッチングを高め、読者が求める“なにか”を、我々の技術で自然にお勧めしていく存在になることだと思います。
現在のWeb広告はPV至上主義だと思います。一方で、レコメンドのpopInでは、新しい指標があるのでしょうか?
高橋: クライアントさんと話をすると、リーチの話になりがちですね。でも、メディアによっては、本当に好きなユーザーが集まってファンを醸成しつつある。その“熱”を企業さんにしっかり伝えられれば価値があると思います。
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