「デジタルの変化に対応できるマーケターの力――キリン 橋本常務とオイシックス 奥谷氏が語るマーケティング」2016年3月24日開催 第30回WABフォーラムレポート第一部 イベント報告
- 掲載日:2016年6月10日(金)
「デジタルの変化に対応できないマーケターは淘汰される」―― Web広告研究会は、3月24日に開催した「第30回WABフォーラム」において、本年度の行動指針となるWAB宣言を発表。WAB宣言の発表とともに、宣言に基づく対談やパネルディスカッションが行われた。
デジタルの変化を楽しみながら対応し、企業価値を高める
Web広告研究会が毎年発表するWAB宣言は、Webに関わる人たちの意識をWeb広告研究会という組織の中に閉じたものとせず、同じような課題を抱える会員以外の企業・個人・研究者にもディスカッションを通じて広げていきたいという趣旨のものだ。
Web広告研究会
代表幹事
田中 滋子
本年度のWAB宣言、「デジタルの変化に対応できないマーケターは淘汰される」を発表した田中 滋子 代表幹事は、その背景として、デジタル広告費やモバイル広告費の伸びが大きくなってきているなか、企業は、組織や人材、技術の面でさまざまな課題が発生していることを挙げる。
しかし、それらはデジタルに閉じた課題ではないと田中は話す。デジタル環境が、テクノロジー、フレームワーク、役割、スキルの各面で劇的に変化しているが、デジタルは各メディアや施設、部署、人をつなぐハブの役割であり、つなぐことで何を行うかが重要となる。
そのようななか、2016年のWAB宣言は「デジタルの変化に対応できないマーケターは淘汰される」となった。田中は、「少し過激な表現だが、これは2015年のWAB宣言(脱 媒体別戦略)を一歩進めたもの。デジタルの変化を楽しみながら対応し、企業価値を高めるマーケターになってほしい」と話した。
デジタルマーケティングの人材育成の重要性を考える――橋本氏・奥谷氏対談
キリン株式会社 取締役常務執行役員 CSV本部長 橋本 誠一氏 |
オイシックス株式会社 COCO/統合マーケティング室 室長 奥谷 孝司氏 |
続いて、第一部では、キリン 取締役常務執行役員 CSV本部長の橋本 誠一氏と、オイシックス COCO/統合マーケティング室 室長の奥谷 孝司氏が登壇。発表されたばかりのWAB宣言「デジタルの変化に対応できないマーケターは淘汰される」をテーマに、2015年と2014年のWebグランプリで「Web人大賞」を受賞した2人が対談した。
まず、奥谷氏は「どのようにデジタルマーケティングの価値を上げてきたかについて話し合っていきたい」と話す。
また、顧客のタッチポイントとなるチャネルが増えてきたオムニチャネル時代では「顧客時間」が重要であり、それを可視化するためにデジタルマーケティングが必要だと説明。購入前の検討段階や、購入後の使用段階での分析を行うことが重要だと話し、前職の良品計画において、自らが行ってきたSNSの活用事例を紹介した。
オムニチャネル時代では「顧客時間」をとらえることが重要になる
今後は、ビッグデータ分析でデータに向き合うことが必要であると話す奥谷氏は、「Engagement Commerce」というコンセプトを提唱する。オンラインとオフラインで各部署が総力をあげて顧客との絆を作るマーケティングを行い、顧客視点でオンラインとオフラインの価値を50:50にした統合マーケティング戦略が重要だと話した。
たとえ、店舗の売り上げがオンラインを上回っていたとしても、顧客とのコミュニケーションがオムニチャネル化している現在、売り上げの大小にかかわらず、オンラインとオフラインのマーケティングを統合していくことが求められるというのだ。
キリン主語からお客様主語へ
昨年のWeb人大賞を受賞したキリンの橋本氏は、取締役CMOとして「ブランドを基軸とした経営」を推進し、組織改革を進めてきた。橋本氏は、キリンでは「Quality with Surprise」をブランドメッセージとし、デジタルマーケティングを梃に「モノからコトへ」「キリン主語からお客様主語へ」と、自社のマーケティングを変えてきたと話す。
マスとデジタルとリアルを統合し、生活者の文脈で一貫性のあるブランド体験を提供することが課題だと述べる橋本氏は、各メディアやリアルでの施策を紹介し、ブランド体験を高める「Insight」、コトを豊かにするモノ作りの「Authenticity」、「Social(SNS)とSocial(社会的価値)」、3つの考え方が重要だとした。
キリン デジタルマーケティング部の基本方針
デジタルで実現できることを現場のマーケターが説く
続けて対談は、奥谷氏が橋本氏に質問する形で進行した。まずは、「デジタルマーケティングの人材を内製するか、外注するか」という質問だ。
橋本氏は、人次第という面はあるが、デジタルマーケティング部の人材の一部は、外部から中途採用で獲得してきたことを明かす。5~6年あれば人を育てることができるが、キリングループでデジタルマーケティング部を立ち上げた際には、適切な人材が不足していたため、今後は人材育成にも力を入れていきたいと話す。内部で育成した場合も、外部で獲得した人材も、自社のブランドのDNAを引き継ぐことが重要であり、デジタルの専門家が綜合飲料の専門家にもなっていくことが理想だと話された。
デジタルマーケターとマーケターの間のコミュニケーションギャップについて話題が移ると、橋本氏は、いままでブランドマネージャーはテレビ広告中心でやってきたため、どうしてもギャップがあると話す。最初はデジタルマーケティングの予算を強制的に獲得していたが、それではうまくいかなかったため、上からではなく、現場のデジタルマーケター自身がサービスに徹し、デジタルを活用して何ができるかを説明することで、そのギャップを埋めてきたという。
また、若い世代はデジタルとマスの間に壁を作ることはなく、メディアはシームレスであることを実感しているとも話し、今後は、ブランドのマーケティングプランの初期段階からデジタルを絡ませていくことが課題だと橋本氏は説明した。
経営陣の理解を得るためのコミュニケーション
続いての質問は、「デジタルマーケティングの重要性をどのように経営陣に理解させたのか」というものだ。
これに対して橋本氏は、「わからないからこそ、今、始めないと大変なことになるという雰囲気を作ったことが大きい」と答える。経営陣がデジタルマーケティングの技術については知らなくとも、消費者の行動やマーケティングが変化していることは理解しているため、将来の市場の変化に対応していくためだと、理解を得ることがポイントになる。
一方で、キリンは現在、デジタルマーケティングを拡大する方向で進めているが、財務担当の役員は広告費圧縮などを期待しているため、将来的にKPIやROIをしっかりと出していかなければならないことが課題だという。
自身はレコード愛好家でデジタルリテラシーが高いわけではないという橋本氏は、デジタルマーケティングがわからないから現場に任せるしかないと話すが、一方でデジタルマーケティングのみならず、マーケティングが大きく変化していることを感じていると述べる。これらの課題を解決するために、デジタルマーケティングに取り組むことは当然で、多くの企業の経営陣も同様に考えていると説明した。
タッチポイントと計測のための設計が重要になる
最後の話題は、「ビジネスモデルをIT(デジタル)の目で見ることができるマーケターの必要性」についてだ。
商品購入までのプロセスや顧客時間を可視化する際には、デジタルの力が欠かせないが、その使い方やアプローチはビジネスモデルによって異なると奥谷氏は説明する。実店舗は、顧客がなぜ来店したかを知らないし、顧客もなぜ来店したかを教えてくれないと話を続ける奥谷氏は、「顧客と商品の心理的距離が最も近くなるのは、購入後の使用や消費のときであって店頭ではない」と述べ、橋本氏にキリンでは顧客との接点をどのように取っているかを質問する。
橋本氏は、買ってもらうことも大切だが、それ以上に購買後の体験が重要だと話す。ブランド体験が、エンゲージメントにどのようにつながっているかを知ることは重要だが、現時点では感覚でしかわかっていないことが多いという。奥谷氏は、購入後のCRMをどうやって実現するかが重要で、モバイルファーストでデジタル接点を考える重要性を強調する。これに対して、どのようなタッチポイントを作り、ブランド体験の効果をどのように計測していくかが課題であると橋本氏は答えている。
デジタルマーケティングがITの新しい価値を支える
ITとマーケティングが融合していく中で、デジタルマーケティング担当の役員が必要になってきていると話す奥谷氏は、ITチームとマーケターのコミュニケーションについて橋本氏にたずねる。
キリンでは、IT部門がデジタルマーケティングを最優先に支援してくれているといい、IT部門からもスタッフが派遣されているという。しかし、これをもっと広げる必要があり、マーケティングやブランディングだけでなく、ビジネスモデルや流通の変化なども見ていく必要があるといい、CMOに付随する形でのCDOの必要性や、ビジネス全体を見渡せるCTOの必要性を橋本氏は強調する。
また、ITの主たる目的はコストダウンで、価値を生む側でのITの活用はまだまだ弱いと説明する橋本氏は、デジタルマーケティングをITが支えることで、価値を生み出せることを理解してもらう必要があると述べた。
2016年3月24日開催 第30回WABフォーラム 第二部
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